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なき声
午前二時。夜更かしもこのくらいにしておかないと明日に響く。ワンルームマンションの一階角部屋。相場よりは少し安いくらいだけど、たまに猫が逃げ出せてしまうのが玉に瑕だ。
「にゃぁああ」
ぼくは猫を一匹飼っている。「にゃあ」本当はペット禁止のマンションなんだけど隣の部屋はインコを飼っているし「にゃあ」二階には犬を飼っている人もいるくらいだ。「にゃあ」猫ならともかく犬は鳴き声が大きいから誤魔化すのも大変だろう。「にゃああ」たまに脱走しては玄関ではなく窓のほうから入れてくれと言いたげに鳴く。
さっきからにゃあにゃあと聴こえるけど、問題が三つある。
一つ、ぼくの猫はもう部屋に入っている。「にゃああああ」部屋の隅で怯えている。だから外から聞こえる声はぼくの猫とは無関係だ。「にああああ」
二つ目、声の主が中年の男だということ。
最後の一つ。そいつが窓からこっちを見ていること。
血走った眼には黄色い目脂が溜まっている。ぼくを見ている。垢のこびり付いた異常に低い鼻を窓に擦り付け鳴き続けている。ぼくを見ている。耳はない。ぼくを見ている。睫毛も眉毛もない。ぼくを見ている。「にああああ」瞬きをしない。クリップで瞼を留めているからだ。「ああああ」ぼくを見ている。虫が頬を這っている。ぼくを見ている。黄ばんだ歯が疎らに並ぶ。笑った。
「あっ」
問題がもう一つ増えた。
窓の鍵、まだ閉めていない。
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