小説工場

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小説工場

――本日はお忙しい中インタビューをお受けいただきまして、ありがとうございます。よろしくお願いします。 「いえ、こちらこそ。作業を停止してお答えすべきところを申し訳ありません」 ――いえ、お忙しい中こちらの都合で時間を作っていただいたのですから、お気になさらず。 「ありがとうございます。どうも我々のような新興の工場というのは手を止めるわけにいかないので」 ――それに今回の企画は〈製作者の素顔〉ですので現場のリアルな指示も記事にさせていただければ、と思っています。 「…………そうだよ! 困ったらとりあえず男女二人組なんだッ!」 ――ご承知いただけますか? 「え? ああ、すみません。立て込んでまして……もちろんです」 ――では、まずは貴方の工場での立場をお聞かせください。 「工場長を任されています」 ――工場の最高責任者というわけですね。具体的な業務内容としては、どのようなものが? 「全体的な統括になります。各部署の監修と最終的な決裁ですね。我々の手法としては最初に企画書を作り……まあ、これはどこの工場でも同じだと思いますが……そして必要な人数のキャラクターを造ります。他所の工場では違う手法を取る場合もあるようですが、ウチの場合はキャラクターありきですね。企画書、キャラクター、ストーリーという感じです」 ――キャラクターが決まれば自ずとストーリーも決まるというわけですね。 「もちろん企画書が先に作られていますから、それに沿って造る。ただ、企画書といってもキャラクターの人数や大枠のストーリー、それにおおよその字数くらいしか決まってません。ですからキャラクター作成の過程で企画書の内容もガラリと変わったりもするんですよ」 ――なるほど、因みに具体的には? 「そうですね……例えば先日納品した作品ですが、あれは元々400字詰めで50枚程度の短編で仕上げる計画だったんですけど……あ、すみません、ちょっと……何? いや、だから何度も言っているだろ! 何でもいい! 手練手管使ってとにかく一周歩かせるんだよ。……何度もすみません。どうも初動不調が多くて」 ――いえ、お気になさらずに。先ほどのお話だと、やはりキャラクターの制作が重要になるようですが、工場長のお仕事もキャラクター制作関係のものが多くなるのでしょうか。 「そうですね。といっても比較的という但し書きの範疇を出ません。直接仕様書を作成するわけでないですが、企画会議には必ず参加しますし、各部署の決定は一度私の元に送らせるようしています」 ――先ほどの問い合わせはキャラクター部門からだったのですか? 「醜態をお見せしました。……お恥ずかしい限りです。創業間もない工場ですから、スタッフの練度も高いとは言えません」 ――気苦労も多いようですね。何かエピソードがあれば、お聞かせ願えないでしょうか。 「苦労話……そうですね。キャラクター関連のものがいいですかね(笑)」 ――ええ、そうですね(笑)よろしければお願いします。 「わかりました。……トラブルが多い部門ですが最も困るのが、歩き出してくれないことですね。最悪、企画書から作り直しになります」 ――歩き出してくれない、ですか。 「ええ、作ったのは良いが歩いてくれない。歩き出したはいいが行方不明になってしまったり、途中で壊れてしまったり」 ――なるほど、もう少し詳しくお伺いしてもよろしいですか。 「はい。他所の工場がどうか知りませんが、我々の所ではキャラクターは大まかに三つの工程を経て作成します。 第一工程は原型。ここでは大まかな身体的特徴を決めます。おおよその身長と体重や性別、漠然とではありますが性格も付与します。そのほか大きな身体的欠損などもキャラクター性に関わるようであれば、この段階で造形します。概してマネキンに近い状態ですね。  この段階でキャラクターを歩かせます。企画書のシチュエーションに近いものを用意して、その状況で歩かせるんです。その状況下で実際キャラクターがどう動くかを試すために。これが中々大変ですね。さっきいたように入り口近くでうずくまってしまったり、行方不明になったりもしますから。そうなると一から作り直しです。 第二工程は彫刻。ここでキャラクターの具体的な容姿を決定します。第一工程終盤の散策によってうっすらと表情が顕れ始めていますから、その塩梅を見て具体的に決めます。そして次に関連する人物を一緒に同じ場所を歩かせます。そうすることでより具体的な行動パターンを見ることができるのです。 第三工程は調整。これは文字通りですね。第二段階の結果やキャラクターとの面談をやって容姿や性格の調整をして、あとは実務用に様々な加工を施します。 当然ですが段階ごとに工場長のチェックとプロット部門等の他部門との協議を並行して行います。そうして段々と造っていくのです。それで……あっ、ちょっと失礼します。………………えっ、一工程のやつが仕上がったって。……いや、しかし……」 ――どうされましたか。 「申し訳ありません。現在進行中の企画で使うキャラクターの原型が出来上がったみたいで、一刻も早く私のチェックを受けたいと……」 ――ああ、どうぞ、お構いなく。それに第一工程のチェックを見学させてもらえるのなら、こちらとしてもありがたいですから。 「ありがとうございます。……よし通せ。…………ふうん。男が二人か。仕様書は? なるほど。で、性格の方は……。よし。ならば、主人公の方は痩せ型、高身長、瞳はなだらかな流線型。縦に長い顔だ。あと指が長く爪も綺麗。もう片方は太り気味の中背中肉、鼻筋は低く、どんぐり眼。丸みを帯びた輪郭。髪はどちらも黒だ。細かい設定の方はビジュアル部門のやつに任せる。あ、絶対に一人でやらせるなよ。プロット部門と実務部門のやつを一人ずつ付けて作業するよう伝えろ」 ――スピーディーに終わりましたね。どちらもマネキンのような形態でしたから、第一工程の終わりというわけですか。 「はい。第一工程の歩行が終了して、だいぶ自我が生まれ始めた段階ですね。だから少しだけですが容貌の特徴が出始めていたでしょう」 ――確かに。因みにキャラクターを連れてこられた方は? 「ウチのキャラクター部門主任です。どうもまだ経験が足りなくて」 ――中々実直そうな方ですね。 「ええ、まあ、それはそうなんですけどね。ただ融通がきかないというか」 ――そうなのですか。 「先週など、掌編のキャラクターを事細かに造形して持ってきたことがありました」 ――それはどう問題なのでしょう 「基本的に掌編の登場人物に詳細なキャラクター性は必要ないんですよね。掌編に必要なのは切れ味と凝縮されたストーリー。ただでさえ文字数が少ないんですから、詳細なキャラクター描写はできないことが大多数です。せいぜい台詞回しやちょっとした行動で性格を示すくらいしかできませんね。無論、絶対にというわけではないのですが」 ――なるほど、文字数やジャンルによって様々な理論や工夫がある。 「そういうことです」 ――さて、そろそろ頂いていた時間も終わりに近ずいてきました。最後に二つほど質問をよろしいですか。 「ええ、どうぞ」 ――この業界で仕事をするにあたって心がけていることはありますか。 「これは即答できます。お客様第一! それが私の信条です」 ――その理由は? 「単純明快な話で、そうしないと生き残れないからです」 ――なるほど。 「まるで芸術品を創っているかのようにアーティスティックな振る舞いをするところもあります。が、私どもはそんなことできるような立場にありませんから。何よりお客様が大事。お客様が楽しんでもらえるように、と工員一同肝に命じております。 そういえばそういう所は工場を名乗るのを嫌がるそうですね。何でもスタジオとか製作所を名乗るのだとか。全くいいご身分なものです。  我々のような零細は少しでも空白があれば、すぐに飽きられてしまいますから。止めどなく新作を出し続ける必要があります。さっき言った所謂スタジオ系の工場は年間通して我々の半分ほどしか造らないのですが、それでも収益は上がっているようですから……全く、羨ましい限りですよ」 ――確かに過去に取材させて頂いた方にもそういう人はいました。どこか気難しそうな方も多かったように思います。 「……すみません。陰口を叩くつもりではなかったのですが、あまり適切な話し方ではなかったかもしれません」 ――それでは最後の質問になります。……もし生まれ変われるとした、何になりたいですか? 「面白い質問ですね。なるほど……作家的資質を試されているようです」 ――ありがとうございます。シリーズ恒例の質問ですので、ぜひとも色のある回答をお願いします。 「ハハハ。色のある、ですか。洒落た言い回しだ。今度使わせてもらいたいくらいですね。……そうだなあ、生まれ変わったら、か」 ――他の小説関係者の回答として多かったのは「小金もちの飼い猫」「大株主」「神様」といったものですね。 「なんとまあ、夢がないというか。気持ちはわかりますけどね」 ――先の回答に次いで多かったのは「平凡なサラリーマン」ですね。 「……ははは。それじゃあ、色のある回答を求められて当然ですね。面白味がなさすぎます」 ――で、どうでしょうか。 「うーん。………………あっ、思いつきました」 ――では、ズバリ。 「閻魔大王です」 ――閻魔大王というと、仏教で地獄を司っている赤ら顔で尺を持った男ですよね。 「ええ、その閻魔大王です。というか別に閻魔じゃなくてもいいんです。例えばエジプトのアヌービス神やキリスト教のミカエルとかでもいいです」 ――つまり死後の裁きがしたいということですか? 「近いですがちょっと違います。別に裁きがやりたいわけじゃないんですよ。いまも似たようなことやっていますし」 ――と言いますと。 「単純に楽ができそうだな、と。我々は一からキャラクターを作る必要があります。しかし、死人は全てが終わっている。物語も人物像も完成しきっているんです。閻魔大王はそれを測って分類するだけでしょう。どれほど気楽か、想像もできませんよ」
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