見える?

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見える?

 涙で曇っていても君の姿だけははっきり見える。そんな歌詞があったような気がするけど、アンタは知らないかな? いま、そんな気分だよ。  ……神様っているだろ。いや、ごめん。アンタが神様を信じてなかったら悪かったよ。けど、ほら……いわゆる神様って概念が存在するのは認めてくれてもいいだろう。ああ、ありがとう。でさ、そういう連中って光を反射するのかな? 単純な疑問なんだ。例えばさ、鏡って光を反射して、それが瞳の中に入って網膜に映るから人間は鏡に映ったものが見えるんだよな。ってことは神様が光を反射する……つまり普通に目に見える存在なら鏡でも見えるはずだよな。けど、神様がそういう存在じゃなかったら、つまり光を反射するような性質の存在じゃなかったら……どうだろう。おれは視力が悪いから裸眼だといろいろなものがぼやけるんだ。  聴いてくれ。  おれの知り合いに佐々木って眼鏡の男がいるんだ。極度の近眼なんだけど、そいつ仲間内では臆病者って評判になるほど心霊現象を怖がるんだ。本当に尋常じゃないんだよ。おれが廃神社から拾ってきた鏡を見せただけで絶叫したくらいで、帰り際にそこで小便したって話したら気絶しちゃってさ。ああ、そんな怖い顔しないでくれ。おれも反省してるんだ。  あんまり怖がるからみんなでドッキリを仕掛けてやろうってことになったんだ。  といってもそんなに悪質なものじゃない。友達の部屋で飲み会をするって呼び出して、みんながそれぞれ用事があるとか言って抜け出して一人にする。そして風呂場に待機していたおれがブレーカーを落として、お化けの格好をして怖がらせる。他の連中はあらかじめ部屋の中に仕掛けておいたカメラで別室から観察する。  特に問題なくことは進んだ。おれはちょっと暑かったけど、ほかのみんなは手際よく出て行って佐々木だけが残された。手はず通りにブレーカーを落として、やつの悲鳴を合図におれは雰囲気たっぷりに部屋に入っていった。馬鹿にするつもりはないけど、佐々木はのたうち回って怖がったよ。恐怖が過剰になると声が出なくなるタイプらしくて、叫びはしなかったけど、それ以外の全身で怖がったよ。  おれはある程度距離を取りながら意味深に立ち尽くしてただけ。だから、あいつを転ばせるつもりなんてなかった。佐々木はまるで見えない力に弾かれたみたいにしりもちをついた。その拍子に眼鏡が落ちてこっちに滑ってきた。  いまでも後悔している。おれはちょっと意地悪してやろうと思って眼鏡を拾って後ろ手に隠したんだ。  佐々木は相変わらずパニックだった。おれから必死に目をそらして、まるで踊っているみたいだった。けど、ある瞬間おれと真正面から目があった。いや、正確にはぼやけて見えていなかっただろうけど。  やつは……まるで赤ん坊のようにきょとんとおれを見つめた。いままでのパニックが嘘のように静かになって……そして、ゆっくり立ち上がった。思わず声を掛けそうになったけど、そのまま黙っていたら佐々木はベッドわきに置いてあったバッドを掴んで、そして、おれにむけて振りかぶってきた。  おれがパニックになる番だった。無言でバットを振り回す佐々木から逃げ回るはめになった。今度はこっちが恐怖のあまり声も出なくなったよ。さすがにカメラ越しにもやばいことが分かったみたいでほかの連中がすぐに駆け付けてくれて、ようやく佐々木は相手がおれだと気づいてくれた。  全部が収まってお互いにようやく冷静になって、おれたちは佐々木に散々絞られたよ。ほかの連中はともかく、おれは危うく殺されそうになったのに、なんだか可笑しいよな。けど、悪戯とはいえ悪いことをしたのはこっちだから言われるがまま頭を下げたよ。それから本来の目的だった宴会の準備をするためにおれと佐々木で買い出しに行くことになった。そのころにはもう佐々木の怒りも収まっていたから、気になっていたことを尋ねたんだ。「どうしてあんなに態度が変わったんだ?」って。するとあいつこう言ったんだ。「眼鏡をはずしたら姿がぼやけていたから本物の人間ってわかったんだよ」って。「ああいうのは鏡には映らないんだ。だって物理的な存在じゃないから。光とは関係ないんだ」そう言って引き攣ったように笑ったよ。  そんな顔しないでくれ!  ……いや、それだけならいいんだ。ただ、あいつが本物だったってだけ。けどさ、先週くらいからあいつ、おれの部屋を異常に怖がるんだよ。寄り付こうとしない。最近はおれを見ただけで逃げ出すんだ。なぜか眼鏡をはずして何かを確認するみたいにこっちを見るんだよ。なあ、どう思うよ? どういう意味だと思う? どうして怖がるんだろう。……なあ、なんとか言ってくれよ。どうして何も言わないんだ。黙ってこっちを見るのはやめてくれよ。頼む、何か言ってくれ、何か、なんでもいいんだ、だから何か。  なあ、アンタ……。
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