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害虫駆除
絶対に必要だけど可能な限り数を減らしたい職種ってなーんだ?
答え「政治家」
―――――
最終面接を始めよう。……まあ、気を楽にしてよ。ほとんど形式的ものだからさ。それに内務省への内定が取り消されることはないから、君が路頭に迷うことはない。あくまで、本局で働けるかどうかを見極めるだけだよ。
それじゃあ、始めようかな。これから二つだけ質問するから、可能な限り簡潔に且つ具体的に答えて欲しい。
一つ目。君は多数の人間の絶対的な幸福よりもたった一人の生命の方が大切だと思う?
……ふんふん。ありがとう。じゃあ、もう一つ。
君は現在の政治体制のことをどう考えている?
……よし、合格だ。君は本当にそう思ってくれているんだね。ああ、良かった。ホッとしたよ。ぼくもここの採用を担当して結構長いからね。君が本当にそう考えてくれているのは分かるよ。
選考過程でも相当しつこく訊かれただろ。反政府思想の持ち主を排除したいのは当然だけど、もっと根本的なことなんだ。ここでの仕事は現在の政治体制の保持だからね。ある程度の信念がないと勤まらない。
かつての民主主義国家がここ十年で突然試験による政治家の採用を始めたんだから、そういう体制を覆そうとする過激な人間が夏のゴキブリみたいに増殖しても不思議じゃない。しかも選考……試験の製作から最終面談までの全て……を握っているのが官僚となると、大概の馬鹿でも「政治家が官僚の操り人形になる」と騒ぐのが当然だ。三権分立の信奉者が聞けば卒倒するだろう。成立当時は国内外の自称良識的文化人の皆さんから現代国家失格なんていわれていたね。
けど、連中は何も分かってない。三権分立だとか公平な選挙を伴う民主主義だとか資本主義だとかっていうのは全部ただの方法論でしかない。国家という枠組みがそうであるように全ては人間が生存しやすいように作り上げたシステムであって、絶対不可侵の神聖な領域じゃないんだよ。民主主義の信奉者ってのはとどのつまり、かつて存在したナザレのイエス様の御言葉のみが唯一絶対の普遍的真実だと言い張っていた神様狂と同じさ。第一、選挙による民主主義の長所ってのは、政治や行政による作為の責任を国民全員に背負わせることができるってだけで、なにも個人の集合体である国家を効率的に運営できる洗練された制度ってわけじゃない。君なら分かってくれるよね。
それに、我々のような存在は非公式ながら存在してたんだよ。ざっと三十年前から秘密裏に政治家の選別を始めていた。だからあんなに体制の移行がスムーズだった。当時の政治家連中は既にぼくらの試練を乗り越えた人たちだけだったからね。
さて、本題に入ろうかな。
知ってのとおり内務省立法機関管理局は現行政治体制の保持を職分とする部署だけど、お仕事は試験答案の採点とか政治家志願者の面談を公平な立場から実施するだけじゃない。もちろん、それも大切だけどもっと重要な業務がある。内務省内にはココのことを元老院なんて呼ぶ連中もいるけど、ちょっと正確な表現じゃないね。ぼくらは選んでるわけじゃなくて、篩に掛けているだけだから。死神って呼ぶ連中もいるけど……まあ、実はこっちの方が正確な表現なんだよね。
じゃあ、ちょっと奥の方まで来てくれるかな。
これ。何だか分かるかな? ……まあ、わかんないよね。当然だよ。わが国の最高機密だからね。
これはね、タイムマシンなんだ。
……ははは。まあそんな顔になるよね。いや、大丈夫だよ、気にしないで。誰だってそんな顔になるよ。ぼくなんかヤバイ部署に回されたと思って回れ右して全力疾走しだしたくらいだからね。そこで作業している彼女なんかその場でぼくに罵声を浴びせ始めたよ。誇大妄想もいい加減にしろってね。
ちょっと後ろを向いてくれるかな。
驚いただろ。そう、窓から顔を覗かせているのは君とぼくだ。……何か言っているね。多分君にしか分からないことなんだろ。そうか、じゃあ本人確認もできたね。ああ、慌てないで、そんな急いでいかなくても大丈夫だよ。来週にでも辻褄合わせに過去に飛べばよいさ。
よし、本物と確認できたところでタイムマシンの説明に入ろう。
簡単な話なんだ。ある男がタイムマシンを発明した。彼は早速未来に向かってタイムトラベルして、還ってきて即座に自殺した。彼は三十年後の自分が死んだような眼をして馬車馬のように働かされているのを目の当たりにして耐えられなくなったらしい。遺書にはそう書いてあったよ。
味気ない話だろ。けれど彼は三十年後の自分の悲惨な光景を目の当たりにしたはずなのに、どうして現在に戻ってきて自殺することができたんだ? 単純なタイムパラドックスが起きている。どうやらタイムマシンの発明を志すような夢想家が過去改変の可能性にすら気がつかなかったらしい。想像力に乏しいただの技術バカだったんだろうね。
より賢明だった人々は調査に乗り出し、数年の検証実験によって結論を出した。過去改変は可能だがそれは歴史に大きな影響を及ぼさないことに限る、ということをね。
例えば永田鉄山は問題なく暗殺できた……史料によると本来の対米戦争開戦時の首相は東条英機ではなく彼だったらしい。終戦後の東条英機の自殺阻止も可能だった。けれど徳川家康や吉田茂はどんな手段を使っても暗殺できなかった。周囲の数人は殺せたが本人にどれだけ銃弾を打ち込んでも、全て無駄になった。なかったことになったんだよ。永田が生きていようといまいと日本は対米戦争に突入したし、東条英機が自殺しようと刑死しようと歴史に大きな影響はないが、徳川家康や吉田茂はその存在が歴史に大きな影響を与えるから運命を変更することができなかった。そういう意味で、大量の人間を一度に殺害もしくは救済することも不可能だった。……やろうとしたやつがいたんだよ。右と左で一人ずつね。当時はまだチェックが甘かったから差別主義者が入り込んでたんだ。
つまり、タイムマシンによる過去改変は条件付で可能。「歴史に対して大きな変化をもたらす事象以外は改変可能」この大きな変化っていうのがちょっと曲者で、そんなものは人間の勝手な価値観であって、普遍的である宇宙の法則がそんな主観的な事象に縛られるなんてありえないと科学畑の連中は言っていたよ。確かにその通りなんだけど、実際そうとしか思えないから仕方ないよな。世の中何事にも例外があるらしい。この世は存外、人間原理が偉大な力をもっているみたいだね。それにぼくらは時空間がどんな原理で支えられているかなんて全く興味がない。そんなことは哲学なり物理学なりを一生懸命に修めていらっしゃる象牙の塔の連中に任せればいい。興味があるのは何ができるか、どう活用できるのか。
さて具体的な利用方法だけど、個人を救うために公の管理下にある器物を利用するわけにはいかない。起動には莫大なエネルギーが必要だし、何より私人救済のために過去に手を加えるのは不公平だ。……大した過去改変はできないのならタイムマシンなんて無用の長物じゃないか。
ところが、そうじゃなかった。とびきりの利用方法があったんだ。
突然なんだけど、必要不可欠だけど可能な限り人数を減らすべき職種、って何だか分かるかな?
…………よく分かったね。大正解。そう、答えは「政治家」
政治家が試験制度になったのも、ぼくらの仕事をより効率的にするためなんだ。
最終試験まで残った政治家の卵たちを一室に集める。そして今君に話したようなことを一切合財説明したうえで試験内容を告げる。「三十分後、この部屋にVXガスが充満する。このガスを持ち込み散布するのは未来人である」効率的だろ。未来人の手にかかって生き残れるのは歴史に影響力のある人間だけだから、これで国家に貢献しえない政治家の存在を事前に防止できる。彼らに提示される選択肢は二つ。「生死をかけて野心の椅子に挑む」か「全てを忘れて野に下る」か。後者を選んだ人間は無傷で生還できる。但し徹底的に記憶を消去されてね。
まあ、大体三割が死ぬよ。文字通り顔が青くなってね。最近の試験は洗練されているから中々の生還率だね。最初期は九割近くが死んだっていうからお笑いだ。で辞退者が四割で、残りの三割が生還者。
このくらいの数字が好都合なんだ。もし、七割が死亡、三割が生存ってなると流石に志願者だって減るだろう。政治家だって人間なんだから野心のために生命をかけるたって限度がある。それなりに辞退者が出ることはむしろ好都合なんだ。勿論、辞退者は試験に関する記憶の消去は徹底的にやる。もっとも万が一思い出しそうな兆候を見せたならそれなりの処置をとるけどね。
四割が記憶を喪いながらも生還、三割が死亡、三割が合格。まあ、実際は年度によって多少はブレが出るけど、おおよそそんなところだよ。
まあ、仕方ない犠牲さ。有能で志の高い洗練された政治家、それも少数による政府運営。かつては夢物語だったことが実現するのだから。実際、現体制になってから政治家の質は以前とは比べ物にならないほど向上している。
……さて、説明も終わったしそろそろ行こうか。初仕事だよ。といっても今回はぼくの助手だけどね。毒物の持ち込みと注入の実施は未来人の手で執り行わなくちゃならない。といっても一時間前に戻るだけのことだ。今日の最終試験結果、知らないだろ。ぼくも知らない。その方が安心して仕事にかかれるからね。
おいおい、震えているのか。しっかりしろ。なに、気に病むことはない。連中は望んで試験を受けているわけだし、それにこれで死ぬようなやつは結局無能な役立たずだろ。何事も為しえない政治家なんて税金を貪る最低の虫けらみたいなもんだ。そう考えると、ぼくらは人を殺しに行くんじゃない。
害虫を駆除しに行くのさ。
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