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1話「空も飛べるはず」
「もう別れよう」
一ヶ月ぶりのお誘いに心を躍らせていたら、一番に浴びせられたのは、ある意味で月並みな言葉だった。
愛良にとってはあまりにも唐突の言葉だったが、相手にとってはこれまで何度も喉にかかっていた言葉だった。
友達の紹介で知り合い、付き合い始めた。二人とも仕事をしているから、予定の合わないこともあったが関係は良好で、デートを繰り返していくうちに、いつか結婚するんだろうと思っていた。
しかしそれは愛良側の話。相手は不満を募らせていき、もはや一緒にいることが互いにメリットでないと判断した。
愛良にはデメリットが分からなかった。
ラインのやりとりも毎日していたし、特に大きなケンカもしてなかった。付き合って5年で、互いに28歳。このまま恋人として過ごし、時が来たら結婚して夫婦になる。それに越したことはないはずだ。それなのに……。
当然、何が悪いのかは問いただした。
「そういうところ」
答えは素っ気ない。完全に冷め切っていた。
「いつも自分のことばっかりで、何も分かろうとしない」
「そんなことない! ずっと浩一のこと考えてるよ!」
「じゃあなんで、分からないんだ」
俺のことをいつも考えているなら、なぜ別れ話を切り出されたか、当然分かるだろう、ということだ。
しかし、分からない。愛良は頭が真っ白になり、何も言えなくなってしまう。
「そういうことだから」
浩一は伝票を取って席を立とうとする。
「待ってよ。さすがに勝手すぎる!」
「勝手? 勝手なのはどっちだよ。自分都合でしか考えないくせに」
「ウソ? そんなことしてない!」
「いいや、してたね」
水掛け論になるが、愛良にはまったく覚えがなかった。
自分はそんなにワガママな女じゃない。むしろ譲歩するほうだ。
「ほら、話しても分からないだろ。初めからうまくいくはずなかったんだ」
「そんなことないって! ちゃんと教えてよ。直せるなら直すから」
「直せる? 無理だね、人生やり直すぐらいでなけりゃ」
さすがにその言葉は堪えた。
「ひどい……」
どうして一方的に責められなければいけないのか分からず、悔しかった。
目が焼けるように熱い。涙がすーっと頬を伝わっていった。
「もううんざりなんだよ。なんちゃっての恋人なんて」
浩一はコートをつかんで、レジへと向かう。
愛良は引き留めようとするが、声が出なかった。
なんて引き留めればいいのか。どうすれば振り返ってくれるのか。なんで振られたのか。不満があるなら、どうして浩一はこれまで何も言ってくれなかったのか。
愛良は何も分からなかったが、もはやすべてが終わってしまっていることだけは分かった。
浩一は振り返ることなく、そのままお店を出て行ってしまう。
涙は止めどなくあふれる。周囲は気を遣って見て見ぬ振りをするが、その気遣いがつらかった。
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