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愛良が気持ちを落ち着かせ、喫茶店を立つには一時間かかった。
辺りは暗くなり、雨も降り出していた。
気温もがくっと下がり、手があっという間に冷たくなる。
愛良は折りたたみ傘を取り出すが、手が止まる。
「いっそ濡れて帰ろうかな……」
けれど、これで風邪を引いたら大変だと、至極当たり前の考えが働く。明日は仕事なのだ。
「嫌だな、こういう性格……」
死ぬほど落ち込んでいるはずなのに、理性的な自分が嫌だった。落ち込むなら、いっそ深くまで落ち込んでしまいたい。
傘を差してとぼとぼ歩いていると、一人の女性が目にとまった。
傘を差していたが、髪も服もびしょ濡れだった。橋の上から、雨で波紋のできる川面をじっと見つめていた。
年は20過ぎだろうか。小柄で少し幼い顔をしている。
明らかに尋常ではなかった。彫像のように、ただ一点を見つめてまったく動かない。
しかし、誰も彼女のことを気にとめていないようだった。ちらっと見て、横を通り過ぎていく。
愛良も気になったが、他にならってそのまま通過した。
(見てないふり、見てないふり……)
きっとただの勘違いだ。思い過ごしだ。きっと彼女には何かあったんだろうが、見て見ぬ振りをするのが優しさ。自分がそうされたように。
それに死にたいのはこっちのほうだ。5年付き合った恋人に振られて、目は真っ赤。それが自殺をとめるなんて馬鹿げている。
そうして愛良は橋を渡りきった。
明日からどうすればいいのか、将来はどうなるのか。まったく見えなくなってしまった。
彼と一緒にいるのが日常であり、当たり前だった。それはずっと続くと思っていた。しかしもう、彼との未来を考えたところで実現することはない。
赤信号で止まると、水たまりにぼんやり自分の体が映り込んでいるのに気づく。雨で波紋が立ち、影がぶれている。
ちゃんと見えなくよかった、と思ってしまう。大泣きしたから不細工な顔をしていることだろう。
年齢のことも気になった。もう20代後半。新たな出会いを求めるのには、若いとは言えなくなっている。浩一しかいないと思っていたので、他の男のことなんて考えたくもなかったし、自信もなかった。
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