1話「空も飛べるはず」

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 女性があどけない顔で言うので、もしかしたら十代なんじゃないだろうかと愛良は思う。 「傘で飛べるわけない」 「そうかもしれないですけど……そうじゃないかもしれないじゃないですか」 「は?」 「風が吹くとぶわって持ち上げられるじゃないですか。あんな感じで浮けると思うんです」 「はあ……」  強風が吹けば一時的に飛び上がることはあるかもしれないが、橋から飛び降りたところで「空を飛ぶ」になるとは思えなかった。メアリー・ポピンズは魔法使いだから空を飛べるのだ。  それにメアリー・ポピンズの作者であるP.L.トラバースの母が入水自殺未遂をしているのを聞いたことがあったので、愛良は不思議な気持ちになる。 「やっぱ無理ですかね……」  愛良のあきれきった反応を見て女性が言う。 「無理でしょ」 「無理でも……。死ぬ気でやってみれば、実はなんとかなることもあるのかな、と思ったんです……」  今度は子供のようにしょんぼりしている。  アホなことを言っているが、真に迫っている気がした。彼女は本当に死ぬ気で、橋の上に立っていたのだろう。  その声音は間違いなく本物。愛良もその声を聞いていると、自分まで悲しくなるようだった。 「あなた……」  愛良が気の毒に思ったのと同時に、彼女の腹の音がぐぅーと鳴った。 「あはは……。しばらく食べてなくって」  女性はてへへと恥ずかしそうに笑う。  愛良は思う。どうしてこれから死のうとする人がそんな顔で笑うのだ。そんなの間違っている。 「ちょっと来なさい」 「え?」  愛良は女性の手を引いていた。  死にたいような状況に追い込まれているが、彼女は本当は死にたくないのだ。ならば、助けてあげなければいけない。  愛良は即決した。彼女を自宅に連れて帰ることにする。 「ちょっと、傘! 傘ぁ!」  降り続く雨。  橋には、開かれたままの二人の傘が残されている。
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