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女性があどけない顔で言うので、もしかしたら十代なんじゃないだろうかと愛良は思う。
「傘で飛べるわけない」
「そうかもしれないですけど……そうじゃないかもしれないじゃないですか」
「は?」
「風が吹くとぶわって持ち上げられるじゃないですか。あんな感じで浮けると思うんです」
「はあ……」
強風が吹けば一時的に飛び上がることはあるかもしれないが、橋から飛び降りたところで「空を飛ぶ」になるとは思えなかった。メアリー・ポピンズは魔法使いだから空を飛べるのだ。
それにメアリー・ポピンズの作者であるP.L.トラバースの母が入水自殺未遂をしているのを聞いたことがあったので、愛良は不思議な気持ちになる。
「やっぱ無理ですかね……」
愛良のあきれきった反応を見て女性が言う。
「無理でしょ」
「無理でも……。死ぬ気でやってみれば、実はなんとかなることもあるのかな、と思ったんです……」
今度は子供のようにしょんぼりしている。
アホなことを言っているが、真に迫っている気がした。彼女は本当に死ぬ気で、橋の上に立っていたのだろう。
その声音は間違いなく本物。愛良もその声を聞いていると、自分まで悲しくなるようだった。
「あなた……」
愛良が気の毒に思ったのと同時に、彼女の腹の音がぐぅーと鳴った。
「あはは……。しばらく食べてなくって」
女性はてへへと恥ずかしそうに笑う。
愛良は思う。どうしてこれから死のうとする人がそんな顔で笑うのだ。そんなの間違っている。
「ちょっと来なさい」
「え?」
愛良は女性の手を引いていた。
死にたいような状況に追い込まれているが、彼女は本当は死にたくないのだ。ならば、助けてあげなければいけない。
愛良は即決した。彼女を自宅に連れて帰ることにする。
「ちょっと、傘! 傘ぁ!」
降り続く雨。
橋には、開かれたままの二人の傘が残されている。
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