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 良を風呂に入らせて食事を取らせて、ゆっくり休むように言い含めて、裕司は仕事部屋で例の手紙の封を切った。  中には便箋だけが入っていて、宛名書きと同じ筆跡で文字が淡々と連ねられていた。  そしてその内容は、裕司にとって肩透かしに思えるほど、感情の薄いものだった。裕司の手紙を受け取って驚いたとあったが、その文面からは実の息子である良への執着は感じられなかった。それは、数ヶ月間行方の知れなかった息子について述べているとは思えない素っ気なさだった。  良が裕司と暮らすことに異存はないと解釈できる言葉が綴られていたが、それは同時に、良に帰ってきてほしいとは思わないという意味にも取れた。  家に帰ることを拒んだ良の様子を思えば、連れ戻される心配がないという点で喜ばしいことではあったが、裕司はとても喜ぶ気にはなれなかった。  手紙は宛名の通り終始裕司に宛てた言葉で書かれていて、良への言葉はついに一言もなかった。便箋の最後の一枚に、電話番号とメールアドレス、対応しやすい曜日時間帯が書かれていて、それでその手紙は終わった。  裕司は二度その文面を読み通して、それから便箋を元通りに畳んで封筒に戻し、少し迷ってから仕事机の上に置いた。  夜になってもさして涼しくもない季節に、冷え冷えとした気持ちで裕司はその茶封筒を眺める。手紙からどれほどのものが伝わり、それがどの程度正確なのか、裕司にはよくわからなかったが、もしこの感情の薄さと冷たさが実際に良に向けられていたものだとしたら、それはあまりにも良が哀れだったし悲しかった。  良のかつての暮らしがどのようなものだったのか、裕司は断片的にしか聞いていない。テレビで事件として報道されているほどの苛烈な虐待や、命を脅かすほどのネグレクトではなかったことは事実らしかったが、良は実家での暮らしの中でたくさんの傷を負っていて、それがわかるから裕司も軽率に訊くことができなかった。  母親からの手紙はよそよそしくて、その人柄をほとんど伝えてはくれなかった。良は母親への思慕を持ち続けていたようだし、家事や料理はおおむね母親から教わったと言っていた。それを鑑みると母親が完全に良の存在を無視していたわけではないのだろうと思う。また、母親から積極的に害されたという気配も感じなかったが、良を見ていると打ち捨てられた子どもだと思うことはままあった。  守ってもらえない、愛してもらえない、そんな寂しい傷が良にはまだ生々しく残っている。  そんな良のことを裕司が好きだと、大切だと、愛していると言うと、良は、変な人だねと言って笑う。その笑顔はとても無垢で、裕司はその顔が大好きだったけれど、改めて反芻するとひどく切なくなった。  気の晴れないまま惰性で仕事をしているうちに夜も更けて、そのまま睡魔が訪れるまで作業で気を紛らわせていたい気持ちを抑えて、裕司は部屋を出て寝支度をした。  寝室に入ると、ベッドに寝転がってタブレットを見ていた良が、ぱっと顔を上げて裕司を見た。 「寝ててよかったのに」  そう言いながら、裕司は、良はきっと自分を待っているだろうと予想していた。裕司がいつまでも寝なければ、彼の不安は夜が深くなるにつれ膨らんで、また彼を苦しめる気がした。 「……眠くなかったから」  良は言い訳のように言って、裕司から目を逸らした。嘘が下手だな、とおかしくなって、同時にとても愛しいと思う。  決して恵まれたとは言えない環境にあって、良はずいぶんまっすぐに育ったと思う。たくさんの傷を抱えているせいで怖がりで不安定なところはあったけれど、曲がった考え方をせずに人を思いやれるところはとても美しかった。 「……仕事どう? 間に合いそう?」 「大丈夫っちゃ大丈夫だが……明日は部屋で昼飯食うかもな」 「サンドイッチとか作ろうか? それとも何か買ってきた方がいい?」  寂しがりなくせに、とりわけ今は決して平気ではないだろうに、裕司のために何かをしてくれようとする恋人はあまりにも健気で、裕司はたまらなくなって良の上に覆いかぶさった。 「うわっ」  声を上げた良を抱き締めると、もう、とか、なに、とか言いながら腕の中でもがく。しかし裕司が目を合わせると、すぐにおとなしくなった。 「お前、俺に気ぃ遣いすぎじゃないか?」  訊いてみると、良はあからさまに怪訝な顔をした。 「俺の? どこが?」 「俺が仕事で忙しいときなんか、放っといてゴロゴロしてていいんだぞ」 「……あんたはそんなに俺をニートにしたいの?」  ニートだけどさ、と唇を尖らせた良に笑って、髪をくしゃくしゃと撫でてやると、ふわりとシャンプーの良い香りがして、こんな生き物を愛さないなんてどうかしてる、と内心で独りごちた。 「俺からするとお前は働き者すぎるよ」 「ええ……」 「でも、お前がしんどくないなら、明日の昼飯は頼もうかな。お前が作ってくれたのが食べたい」  正直に言うと、良の表情が柔らかくなって、わかった、と素直で静かな声が応えた。  腕の中の身体は温かくて、その中にあるのだろう心はとても優しくて、彼を大切にしない者に彼を二度と触れさせたくないと思いながら、裕司はそっとその耳に愛してるよと吹き込んだ。
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