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12
みるみるうちに良の耳が赤くなって、それがあまりにもわかりやすくて可愛くて、裕司は耐え切れずに布団に顔を伏せてくつくつと笑った。
「ちょっと、何笑ってんの」
良の不満げな声とともに脚を蹴られて、裕司は笑いながら、痛ぇよ、と言う。
愛だの恋だの口にするのは照れくさくないわけではなかったが、自分以上に良が照れて赤くなってくれると、もっと言ってやりたかった。
「はー……、よし、寝るか」
そう言って布団に潜ると、気が済まないらしい良に布団の上からバシバシと叩かれた。大して痛くもなくて、笑って布団に入るように促すと、良は表情で不満を表明しつつ、おとなしく布団をかぶって裕司に寄り添うように横になる。
当然のように近い距離に胸を温められながら、灯りを消そうとすると、服の袖を引かれて止められた。
良を見るとその瞳に迷う色が浮いていて、ああ何か言いたいのだな、とわかる。
疲れてはいたけれど眠くはなかったし、何だかとても良を甘やかしてやりたい気分で、裕司はいつもしているように良の頭をゆっくりと撫でた。良もすっかりそれが当たり前になっていて、されるがままだ。
「……あの、今じゃなくていいってわかってるんだけど」
歯切れの悪い口調で良がそう切り出して、裕司は黙って頷いた。
「あんたが今この話しない方がいいって思うんだったら、答えなくていいから……」
ひどく慎重になっている良に笑いかけてみせて、その髪を手櫛ですくと、さらさらと黒い髪が流れて美しかった。
「…………手紙、読んだ……?」
ささやかな声で、窺う瞳で問いかけてきた良に、裕司はあまりうまく笑えなかった。手紙の内容を思い出すと寂しくて、目の前の彼にあまりにもそぐわない気がした。
「……読んだよ」
答えると、良の目が明らかに揺れた。そんなに心を乱されるのに、やはり気にせずにはいられないのかと思うといっそう切ない。
「……お前が、そんな心配するようなことは書いてなかったよ、たぶん」
「……たぶんなの?」
「お前のことを全部わかってるわけじゃないからなぁ……」
わかってやれたらいいのに、という気持ちと、すべて受け止めるには己の器が足りないという予感とが両方あって、裕司はそっと良の頬を撫ぜる。意図せずとも、壊れ物に触れるような手付きになったことが自分で少しおかしかった。
「……何か、俺が知っとかなきゃいけないこと書いてあった……?」
おずおずとそんなことを訊いてくる良がいじらしく思えて、裕司は微笑んだ。
「俺とお前がこれからも一緒に暮らすのは構わないってさ」
良の目が見開かれる。黒い瞳に灯りが映り込んで光るのが、いつ見てもそういう宝石のようで好きだった。
「ほんと……?」
「俺が読んだ限りじゃ、俺達のことに反対するような感じじゃなかったな」
良はその言葉を聞くと目を伏せて、裕司の肩に額を寄せてきた。
「よかった……」
安堵したその呟きを聞いて、裕司もようやく喜ばしいという感情が湧いてくる。その気持ちを確かめるように、良の背中に腕を回した。
「いいニュースだって思っていいんだよな?」
「なんで俺に訊くの……」
「だって、俺だけ喜んでも仕方ないだろ」
良は眉を曲げて裕司の顔を見て、どこかすねたような声で言った。
「あんたが嬉しいときはちゃんと喜んでよ。そんな、俺のことばっか考えなくていいから……」
「お前とのことは、お前と一緒にしたいだろ」
良は口を結んで、代わりに裕司の首に腕を回してきた。それで裕司はしっかりと力をこめて良の身体を抱き寄せる。温度も、かたちも、匂いも、抱き締める度に愛しさが増すようで、いつか本当に放せなくなってしまうのではないかと思った。
「……ありがと。俺も、がんばるから、一緒にいさせて……」
その背中を撫でながら、裕司は愛しさに絡む歯痒さでやるせなくなる。良の言葉にも声にも、まだ拭い切れない不安が滲んでいた。
「がんばらなくても、一緒にいてくれよ」
何と言えば伝わるのだろう、と思いながら言った言葉には、良ははっきりとした返事をしなかった。裕司の顔を覗いてきた黒い目は深くて、奥に何を隠しているのか見通せない。
「……お前が元気になったら、また次の話しような」
「次?」
「ちゃんと返事が来たし、電話番号とかもわかったから……これからお前がどうしたいか、今までよりもっとずっと具体的な話ができるよ」
「……」
「無理しなくていいし、しんどいことも嫌なことも、そう言っていいんだからな。言ってくれたら、俺だって、今よりもっとお前をわかってやれるんだから……」
良は黒い瞳でじいと裕司を見つめて、そして小さな声で、うん、と言った。
少しは彼の心に届くように言えた気がして、裕司はほっとする。労ってやりたかったし、味方であることを伝えてやりたかったが、こと実家のこととなると彼のどこにどんな傷があるのかわからなくて、裕司も慎重にならざるを得なかった。
「電気消すぞ?」
腕の中の良にそう言って、灯りを落とすと、唇に温かくて柔らかな感触が押し当てられた。そして間近で、おやすみ、と囁かれる。
そこに沁みるような優しさを覚えて、彼が与えてくれているものに見合う何かを返してやりたいと思った。
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