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「大学? 俺が?」  良はいかにも意外なことを言われた、という声音で訊き返してきた。その声に裕司はまた、彼との間にある大きな意識のズレに気付く。 「ああ……まあ、大学っていうのは単に俺がそういう進路だったからそう思っただけだけど……。でも、お前にだってそういう選択肢はあるだろ」  良はきょとんとした毒のない目で裕司を眺めて、やがて同じように無垢な声音で問うてきた。 「……あんたは何で大学行ったの?」 「何でって……別にそんな大層な理由はなかったけど……とりあえず俺は早く実家出たかったし、成績的にも進学勧められてたし、親も将来を考えたら大卒の方がいいっつってたから……。他にやりたいことがないなら逆に行かない理由はないだろって感じだったかな」  ふうん、と良はわかったようなわかっていないような声で言って、首を傾けた。 「大学楽しかった?」 「そうだなぁ、課題とかしんどいのもあったけど、楽しかったよ。でも、今から考えると、いきなり就職で都会に出ずに済んでよかったっていう気持ちのがでかいかな」  裕司の言葉に、良は、くすくす、と耳に好い声で笑った。 「あんたの地元すごい田舎だもんね」 「お前……見てきたように言うんじゃねーよ。お前の想像なんか超えてるからな。とにかく、大学に慣れるより都会の生活に慣れる方が大変だったし、時間がかかったし……俺的にはほんと正解だったと思うよ」 「そっか……」  色々あるね、と呟いて、良は立てた膝に頬を乗せた。 「そうだよ。俺とは逆に大学なんて来なきゃよかったって文句言ってたやつもいたし、中退したやつもいたし、高卒で就職したけど辞めて勉強し直して入ってきたって後輩もいたよ。俺より年上でな」 「へえ」 「色んなやつがいるんだから、……お前も好きにしたらいい」  そう言って丸い頭を撫でてやると、良はようやく何かが腑に落ちたような顔をして微笑んだ。 「……俺、ラッキーだよね」 「え?」 「あんたって、大人で、俺の知らないこといっぱい教えてくれて、すごい頼りになるのに、親でも先生でもないの、すごくない?」  どういう意味かわからなくて、裕司はただ良を見返す。良は笑みを浮かべたまま、裕司の手を握ってきた。 「あんた俺の恋人でしょ? ずっと一緒にいてくれるって言ったじゃん」  平気な顔と声で言われて、裕司は体温が上がるのを感じた。おそらく赤くなっただろう顔を隠したかったが、どうにもできずに目線を外す。 「…………ただオッサンなだけだろ」  照れ隠しにそう言ってみたが、良は茶化してくれなかった。裕司の好きな、落ち着いた静かな声が言う。 「俺、あんたみたいに教えてくれるだけじゃなくて、俺の話聞いてくれて、俺の気持ちまで考えてくれる人、会ったことないよ」  それはたまたま運が悪かっただけだ、と言いたかったが、その運の巡り合わせで良が今ここにいてくれることを思うと、口にするのは野暮な気がした。  自分が良にふさわしい人間だとは思えなかったし、そうでありながら手放すこともできないと思ったから、彼のそばでできる限りのことをしようと決めた。どんなに彼のためを考えても、突き詰めればそれはすべて己のためだ。  持ち上げられると座りが悪い、と思いながら、良の目を見れば穏やかな色をしていて、裕司は目を泳がせて頭を掻いた。 「……そのうち俺がうっとうしくなっても、簡単に浮気すんじゃねえぞ」 「なにそれ、しないよそんなの」 「いい男もいい女も世の中いるところにはいるんだよ。お前がまだ遭遇してないだけでな」 「じゃああんたも俺よりいい男がいたら浮気すんの?」  ぐう、と裕司は詰まる。ただ墓穴を掘っただけだと思った。 「そんなわけあるかよ……」 「あんたがしないなら、俺がしないのもわかってよ。大体、俺、あんたがいるから将来のこと悩んでんだからね」  え、と意識する前に声が出て、裕司は良が唇を尖らせて不満げに呟くのを眺めた。 「あんたがいなかったら、適当にバイトするの一択だよ。将来とか、そんなの考える余裕、一人だったら絶対ないし。あんたがちゃんとした生活してるから、俺もちゃんとしなきゃって思うだけで……」  まるでちょっとした愚痴のような口調で言う良は、それが裕司の心をひどく揺さぶる言葉だと気付いていないに違いなかった。裕司にとって、彼のこれまでの人生も、これからの人生も、すべてこの上なく重いものであるという自覚がないのだ、と思いながら、そんな彼を愛したくてたまらなくなる。 「……別にちゃんとしなくても、……」  お前が幸せならそれでいい、という言葉は喉で詰まって出てこなかった。さすがにもう顔を見られたくなくて、裕司は良の後ろに座り直して背後からその胴を抱く。良は嫌がらずにされるままで、ただ少し不思議そうな声で裕司の名前を呼んだ。  ふと良がさっきまで触れていたタブレットを見ると、高卒資格に関するホームページが開かれていて、本当にちゃんとしようとしてくれているのだ、と思うと、若い恋人の想いが胸に迫った。
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