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 泣く子をなだめるように、良を抱き寄せて背中をぽんぽんと叩いていると、やがて良はばつの悪そうな顔をして身体を離した。 「……あんたばっかり大人でずるいよ」  その素直になれないらしい様子に笑って、裕司は言う。 「なんつっても昭和生まれだからなぁ」 「そういうおじさんアピールはいいから」  泣きそうになった自分を誤魔化したいのか、憎まれ口の出てくる良は年相応に思えて、裕司には微笑ましかった。子どもらしい子どもでいられなかった彼の幼さが見える瞬間が裕司は好きで、不思議と安心させられるものがあった。 「……そんなに急いで大人になるなよ。若さってのは貴重なもんだぞ」 「でも、未成年って、できないこと多すぎてめんどくさい」  良のその言葉を、裕司は否定できなかった。彼の立場で考えれば、それはきっとひどくもどかしい足枷に違いなかった。 「……それは……もうしばらく辛抱してくれ。俺ができる限りのことはするから……」  裕司がそう言って腕をさすると、良は苦い顔をして、裕司の袖を握り締めた。 「ガキくさいってわかってるけど、それがやだ……なんであんたが俺のためにがんばらなきゃいけないの……」 「……お前ほどはがんばってねぇよ、たぶん」 「なにそれ……」 「こんだけ生きてると、仕事でも、何でも、わりと惰性と慣れでできちまうからな。まあ、昔ほど体力が無えって意味ではしんどいときもあるが」 「……」 「お前が早く大人になりたいのは、そう思って当然だと思うけど、俺的には、若さを楽しんでほしいよ。若いってのは特権だしな」  そう言うと良はいぶかしそうな顔をした。納得がいかない、と顔に書いてあるな、と思う。 「……若いっていうのは、失敗しても、未熟でもいいってことだよ。お前はこれまでいっぱい大人に否定されてきたんだろうけど、そういう大人は大抵八つ当たりしてるだけだから、なんだ、反面教師だと思うしかないな」  我ながら説教くさい、と思ったが、良はじいと裕司を見ていて、その目はとても真っ直ぐなそれだった。 「とにかく、俺は、お前が若いのはそれ自体長所だと思ってるから。その、……少なくとも俺に対しては、あんまり無理すんな」  良はしばらく濡れた黒い瞳を裕司に向けて、おそらく心の中で色々なものを巡らせただろう後に、少しだけ笑って口を開いた。 「……俺が若くて美人なのも、あんたにとって長所?」  人の弱みをつきやがって、と思いつつ、話を冗談にする気になれたのかと思うと叱る気にもなれなくて、裕司は息をついた。 「あーそうだよ、なんだ、こんなツルッツルの肌しやがって」  裕司が良の顔を撫でながら言うと、良はふふふと笑い声を立てて、目を細めた。 「あんたって、俺のこと特別扱いするのうまいよね」 「ああ……?」 「だって、あんたにとって俺って特別なんだなって思うような話ばっかりするから」  良が特別に大切な存在であることは確かで、それを隠すつもりもなかったが、いざ本人からそう言われるとすぐには心当たらなくて、裕司は訊き返した。 「たとえば?」 「あんまり歳が離れてるのは恋愛対象じゃなかったって言ってたじゃん」  言われて、裕司はつい苦い顔をしてしまう。良は折に触れて、裕司の恋愛遍歴を知りたがるところがあった。しかもそれは、ほとんどただの好奇心らしく、少しくらい嫉妬してくれてもいいのではないかと思うほどに、何を言っても平気な顔をしているので、いつも裕司の方が気まずくなってしまうのだ。  良は自分のセクシャリティにあまり関心のない様子で、そのせいか裕司の過去の恋愛については、『ゲイ同士の恋愛』という、自分がその枠に入ることはないものだととらえている節があった。自分とは縁のないものだから、嫉妬しようにもうらやむものがないと言わんばかりの顔をする。  今まさにお前が付き合っているのがゲイである俺なのだと言ってやりたくもなったが、おそらくゲイの自覚もバイの自覚も希薄である良には響かないのだろうという気がした。  良はたぶん異性にも同性にも関心が薄くて、薄いがゆえに裕司の性別にもこだわらなかったのではないかと、そんなことを思う。これまで性欲が向くのは異性だったと言っておきながら、裕司の前でそんな素振りを見せたことはほとんどなかったし、同性である裕司に対しても驚くほど抵抗を見せなかった。  今ではむしろ積極的に裕司を求めてくれる良を嬉しく思いながらも、性別にこだわってきた裕司にとっては、不思議な生き物だと思わずにはいられなかった。 「……何度も言うけどな、俺は自分がまさか10代相手に本気になるなんて思ってなかったんだからな」  往生際の悪い言い訳を口にすると、良はおかしそうにくすくすと笑った。そんなふうに楽しげな声を聞かせてくれるから、かろうじて自分のことも許せると思う。良にとっては性別も年齢も大したハードルではなかったようだが、裕司にとって良の年齢は大問題だったし、今もなお決して無視できないものだった。 「それでも俺のこと好きになってくれたの、やっぱりすごく特別だって思うし……嬉しいよ」  穏やかで温かな笑みを見せた良はやはりとても綺麗に見えて、裕司は何を悩む気も失せてしまう。その表情にも瞳にも陰のないことを認めて、そろそろ寝るか、と言ってみると、良は、うん、と言って裕司の唇にキスをした。
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