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休日の朝早く、僕はその神社を訪れた。わざわざ朝なのは、あわよくば音羽さんと会えるのではないかという期待だ。
十数段の石段を登り、鳥居を潜り、参道を歩く。決して大きくはないが、近所の氏神様として立派な社殿が建っている。
僕はお賽銭を入れるとガランガランと鈴を鳴らし、柏手を打ってお願いした。
神様、お願いします。音羽さんとお近づきになれますように。
拝み終わり、帰ろうとしたところで、彼女が境内に入ってくるのが見えた。
僕は驚きつつも嬉しさでいっぱいになる。さっそく効果が出たのかもしれない。
音羽さんは僕の脇を抜けて賽銭箱の前まで進む。そして鈴を鳴らし、手を叩いて参拝した。
僕はその背中をドキドキしながら眺め、彼女が戻ってくるのを待つ。
くるりとこちらを向いた彼女が近づいてくる。心臓が高鳴る。
しかし彼女はまた軽く会釈をするだけで、来た時と同じように走って神社を出て行ってしまった。
それから、変わったことは何も起きていない。彼女は相変わらず毎朝僕の家の前を通り、僕はその姿を二階の自分の部屋の窓から眺める。教室ではただ遠目に彼女の楽しそうな姿を見る。悶々とした日々が続いた。
ある日、僕は自分の席で次の授業の教科書をパラパラとめくりながら、心の中で神様に文句を言っていた。
神様、お願いしましたよねえ? 全然お近づきになれないんですけど! お賽銭、足りませんでした?
ちょっと皮肉を混ぜながら悪態をついていると、ふと近くで話す音羽さんの声が耳に入ってきた。
僕は耳をそば立てる。
「うん、神社まで走ってる」
どうやらあの朝の走り込みのことのようだった。僕は予習するふりをしながら、続きを聞こうとますます耳を澄ませる。
「毎日? すごくない?」
「全然。コンクールに出るのに、体力なんていくらあっても足りないもん」
音羽さんの笑い声。僕まで楽しくなる。いつまでも聞いていたい、と思う。
「神社ってことは、何かお願いしたりしてるの? コンクールで優勝とか?」
「お願いって言うかさ、誓いだよ」
「誓い?」
(誓い?)
音羽さんと話す女子と同じように、僕も疑問に思う。神頼みじゃなくて、誓いっていうのは、どういうことなんだろう。
「神社ってね、頼み事をするところじゃないんだよ、ホントは」
「そうなの?」
(そうなの?)
と、僕も同じく。
「『頑張りますから見ていてください』っていうのが、本当のお参り。だから『コンクールで金賞が貰えますように』じゃないの。『コンクールで金賞が取れるよう、頑張ります』って、言うの。それで見合った努力をするんだ」
「あー、だから毎日走ってんのね。よーやるわー」
「神様に『頑張る』って言っちゃったからね。頑張らないと」
彼女はへへへと笑う。
彼女はただの神頼みをしているわけじゃなかった。努力をしていたのだ。
僕は、さっきまで悪態をついていた自分を思い出して、首を振った。
次の休みの日、また僕は神社にいた。
もう参拝は済ませている。
少しだけ待っていると、また音羽さんがやってきて、前と同じように参拝した。
後ろ姿を見ながら、僕は心を決める。
神様、見ていてください、お願いします。
参拝を終えた音羽さんが近づいてくる。最初の一歩だ。
「音羽さん!」
僕はうわずった声で、彼女の名前を呼んだ。
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