3人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
彼女に気がついたのは偶然だった。
六月のある曇りの日、二階の部屋で学校に行く支度をしていたところ、うちの学校のジャージを着た女子が家の前の道を走っていた。
それを目撃するのが何回か続き、どうやら彼女は道の先にある神社に通っているらしいことが分かった。少し早めに起きると、神社方向に走っていく姿を目撃できる。母親に怒られるまでノロノロと支度をしていると、逆方向に走る彼女を目撃できる。
そのうち誰なのかが気になって、とうとう僕は普段より早く起き、支度をし、彼女が神社から帰ってくる時間に門の前に出ることに成功した。
近づいてくる彼女は、同じクラスの音羽さんだった。
詳しいことは知らない。席も離れているし、話したこともない。もともと女子とは数えるほどしか話していないけれど。
音羽さんが前を通り過ぎる時、軽く会釈をした。音羽さんも会釈を返してくれる。僕を知っているのか、あるいはただ反射的に返したのかは分からない。
その日、学校へ行っても彼女に話しかけられたりしなかったから、多分後者だろう。
僕は音羽さんが気になり出した。
朝は時間を合わせて起き、彼女が神社の方向に走るのを見る。教室では、知らず知らずのうちに目で追ってしまう。
ある日、友達と話している時部活の話になり、僕はここぞとばかりに疑問を投げ入れた。
「ねえ、音羽さんってさ、陸上部なの?」
「急に何だよ」
友人は訝しげに聞き返してくる。僕は考えておいた言い訳を返す。
「いや、何かたまに僕の家の前の道、走ってるみたいなんだよね。だから部活なのかなって思って」
「音羽さん、吹奏楽部だぞ」
と、別の友人。
「吹奏楽部?」
「吹奏楽部って体力勝負みたいで、走り込みとかやるんだって。それじゃない?」
「へええ。何の楽器やってんだろ」
「そこまでは知らねーよ」
と友人は笑う。
「自分で聞いてきたら?」
「あ、いや、そこまでは。何で走ってるのかなーって思っただけだからさ」
と僕も笑って、嘘をつく。内心ではますます彼女のことが気になるようになった。
彼女はどんな楽器でどんな曲を演奏するんだろう。普段はどんな話をするんだろう。どんな音楽が好きで、どんな本を読むんだろう。
ただ僕は、音羽さんどころか女子とろくに話をしたこともないし、話しかけるだけの勇気もなかった。
僕は、神頼みすることにした。
最初のコメントを投稿しよう!