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距離
金子からの誘いに、返事を求められた未来は、どうしても嘘をつく気になれなかった。
「今、真剣に交際を申し込んでくれている方がいて、私も真剣に考えています。ですから相手がいても構わないと言われても、個人的に会うことは出来ません。ごめんなさい。」
と頭を下げた。
公衆の面前で、女性に頭を下げられては立つ瀬がない。
「わかりました。今日のところは帰ります。でも僕にもチャンスがあるとわかって良かった。」
「えっ?」
「はっ?」
未来と青島は、揃って金子の顔を見た。
金子は生き生きとした表情をしている。
「青島社長、失礼しました。では。」
金子は一礼をして、意気揚々と去って行った。
「社長、私ちゃんと断ったつもりです。」
金子の後ろ姿を見送りながら、呆然と未来は言った。
「待ち伏せされたのか?」
青島の表情は厳しい。
「わかりません。銀行に寄ったりしながら、今、着いたところだったんです。見かけたので追いかけて来たと言っていましたが、少し怖かった。」
未来の表情が曇るのを見て、青島は背中にそっと手を添えた。
路肩に止めた車に乗り込むと、青島が口を開いた。
「お前は、何も悪くない。」
「ただ今のところ、金子もお前を見かけて食事に誘った、と言うだけで責められることは何もしていない。」
「はい、わかります。」
未来は返事しながら、運転席の青島を見た。
「あそこで俺が行かなければ、嫌がるお前の手を取って無理矢理、連れて行こうとした、という証拠が出来上がったかもしれないがな。」
「そんな…。」
青島は助手席の未来を横目で見ると、左手をその頭に手を載せた。
「でも怖い思いは、させられないな。」
青島はそう言って、ところで、と言葉を続けた。
「さっきの言葉、そのまま受け取っていいんだな?」
ハンドルを握り直し、前を見ながら青島は聞いた。
はい、と頷いた未来を目の端に捉えた青島は、僅かに口角を上げた。
そんな青島に、未来は言いにくそうに口を開いた。
「あの…心配してくれているのは伝わるんですけど、さっきから触れられると緊張すると言うかなんと言うか。」
未来はこんな時に不謹慎だと思いながら、運転席の青島を見た。
先程、金子をきっぱりとはねつけたとは思えない、恥ずかしそうな顔をした未来に、青島は慌てた。
「そんな顔するな。もっとエスカレートしそうになる。」
つられたように慌てた未来は
「えっ⁉︎それは、困りますね。」
と言うと、真顔で姿勢を正した。
その様子に、複雑な心境ながらどうにもおかしくなり、青島は笑いをかみ殺した。
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