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明るくなっていく空を眺めながら、ため息を吐く。なんだか、こんな風に空を眺めたのも、かなり久しぶりのように感じてしまう。気が付けば季節は冬。寒さに凍える手をポケットの奥へつっこみながら、ふーっと息を長く吐く。吐息は白く、煙のように長く連なって消えていった。
「あー、仕事やめてぇ」
一体、何度目の言葉やらなどと頭の隅っこで思いながら、満員のバスに乗り込んでいく。耳からざらざらと流れてくる音楽をぼんやり聞いたふりをしながら、いつものように職場へ向かう。家畜の出荷とほぼ変わらないような状況だよな、なんてバスのガラスに映った乗客の死んだ顔を眺めながら他人事のように思う。
なんで、こんなしんどいんだろうか。
朝が来るのがつらくて夜は眠れず、朝は仕事へ向かうことがつらくて起き上がれず。鬱だよなあなんて思いながら、他人事のように自分のことを捉えることで、どうにか体を動かし続けている。
なんで、こんな仕事選んだっけか。子どもと関わる、コミュニケーション命の仕事なんて。
子どもが好き?いや、嫌い。
コミュニケーションをとることが好き?いや、大嫌い。
よく選んだのは自分なのだから、なんて呪いの言葉を吐く人間がいるが、選んだのが自分でも合う合わないは別だろうし、選ばざるを得なかった理由だってあるだろうと思ってしまう。かくゆう、自分もそれで。社会人ですから、仕事をするときは責任もしっかり持ってやっているけれど、自分に合う仕事で好きな仕事かと問われると全力で否定する。
満員のバスから降りて、乗り継ぎのバスを待つ。明るくなりかけていた空は、もう綺麗な朝の水色で、通勤時間をもっと短くできないものかとまたため息が出る。
「なんでこの仕事してんだっけな。」
小さい頃から呪いのように周りから言われ続けた職業だから、なんて理由もあるような気がする。友達から、あるいは先生から。それ以外の職業なんて知らなくて、ずるずると過ごしてきたように思う。
「いたっ」
高い子どもの声と、ドサッなんて朝から聞くような音じゃない音が聞こえて、イヤホンを片方外して振り向く。真後ろで男子小学生が見事に顔からすっころんでいる。
「大丈夫?怪我はない?」
気付けばすぐに声をかけてしまっていて、職業病だなんて頭の隅で思う。手を貸して小学生を立たせ、足元から頭のてっぺんまでささっと見る。大きな怪我はなし、流血もなし。
「あ、ありがとうございます。」
そっと距離をとる小学生に、偉いなと思う。私服でリュックの恰好だなんて、警戒して当然だし警戒してくれないと困る。
「一応、学校ついたら担任の先生に転んだこと言っときな。顔や頭は打ってなさそうだから大丈夫だとは思うけど。」
早口に伝え、やってきたバスに乗り込む。歩き出している小学生を見ながら、ふ、と息を吐く。足をひねったりもしてなさそうだ。
――先生、ありがとう。
人見知りの癖に、人懐っこかった子のことを思い出す。できないことが多いけど、できるようになろうと頑張る努力家。
「次は~。」
バスの運転手の案内に、現実に引き戻される。もう降りなければいけない。頑張る気力も体力もすべて奪われていくし、人はこれを社畜やらブラックやら呼ぶのだろうけど、あの子が卒業する年になるまではこの仕事を頑張らなければならない。あのときそう思ったのだから。
開いたバスの扉にため息をつきながら、重い体を引きずってバスの外へ出た。
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