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それを聞いた奏さんはふっと小さく笑って頷いた。
「そうだね。
これ以上はバチが当たってしまいそうだ。」
右手の手袋をはめ直して、そのまま私の左手を
握る。
手袋越しでも分かるくらいにぎゅっと力を込めて。
ふいに耳元に唇を寄せられた。
まるで内緒話をするみたいに。
「でもね、一つだけどうしてもお願いしたいことが
あるんだ。」
奏さんがどうしても"お願いしたいこと"って
何だろう。
気になってチラリと見上げればふっと目は細め
られる。
柔らかな優しい眼差しがお腹の辺りに注がれた。
「お願いは口に出したら叶わないって聞くから
教えられないけど。」
どこかおどけたようなそんな物言いに可笑しく
なる。
聞かなくても、奏さんが何を願っているのか
分かってしまったから。
だってそれはきっと私と同じ願い。
「ふふっ。お願いする前にありがとうございました
って伝えれば大丈夫ですよね。」
ちょうど百七つの鐘の音が鳴り止んだ。
もうすぐ私達の参拝の順番がくる。
お賽銭の準備を始めた私に奏さんは言う。
「後でお守りを買って行こう。」
その視線の先には鮮やかな色のお守り。
"安産祈願"としっかりと縫い付けてある。
「はい。」
と返事をしたところで私達の順番が回ってきた。
日々の感謝に願い事はただ一つ。
この子が無事に産まれてきてくれますように───。
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