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 *  つなぎの作業服を着ても何を着ても龍太郎はさまになった。賢はそれを見て、自分の叔父ながら鼻が高いと思った。そしてナナも何を着ても美人だった。西田が満足そうににやついていたので、賢は彼を睨んだ。  龍太郎が車を新しく建った住宅の門の前に止め、西田が警備員と話をしに行った。彼はもう五分も警備員と話しており、車の中で待っている賢はいやな気分になってきていた。 「緊張してるん?」ナナが聞いた。龍太郎も賢を振り返る。  賢は彼女を見て、そして首を振った。緊張なんか、したことがないし、これからもしないだろう。賢は緊張がどういったものか、正直なところ、はっきりと知らなかった。 「あのさぁ、ナナ、おまえ、どっかで借金してへんか?」  ナナは賢を見つめてキスをした。「いいじゃん、そんなこと」 「良くない。誰に、いくら、いつまでに返すんや?」 「賢が払ってくれるん?」 「場合によるな」 「なんかわかんないけど、すごいパワーを引き寄せる石っていうの買ったの。でも全然効果がないから返そうと思ったら、別のと組み合わせたら絶対大丈夫っていうのを買わされて、それは詐欺だったみたいで、八百万、持ってかれちゃった」  賢は驚かなかった。ナナは賢のそういうところが好きだった。物事に動じないというか、何にも流されないというか。 「おまえ八百万も持っとったんか?」 「だから借りたんよ、森口さんに。そしたら利子があっちゅう間に膨れて、もう大変。明日とりあえず二百万持って行かんと、あいつの女にされてまうんよ」 「俺がおまえを助けると思うか?」 「だめ?」  賢は考えた。俺は八百万も費やしてもらったことないぞ。 「龍太郎の方が金は持ってる」 「龍ちゃんは関係ないもん」  俺だってないだろうが。賢はナナを横目で見た。彼女はにこっと愛想笑いをする。  賢はナナが寄せてきた肩を抱いた。 「全部でなんぼになるんや」  ナナは二本の指を立てた。それから次に四を出し、ゼロを二つ続けた。  賢はゆっくり息をついた。そしてポケットから煙草を出して火をつけた。 「西田を出し抜いて俺らで金を分けよう、そしたらナナの借金も早く返せる」  龍太郎が前の運転席から身を乗り出して言った。  賢は龍太郎を見つめた。「おまえが金を貸してくれてもええんやで」 「やだ」龍太郎は前を向いた。もう話に首を突っ込まないだろう。 「でも、悪い案とちゃうやん」ナナが言った。  賢は耳をふさぎたくなったが、どうにか我慢して煙草で気を紛らせた。  それからすぐに西田が戻ってきた。そして上機嫌で「行こう」と言った。 「何してたんよ」ナナが不服そうに言うと、彼は、いやぁ話がはずんじまってと笑った。  しかし車は難なく邸宅の敷地内に入った。西田が請け合った通りだったが、思ったよりガードの人間が多く、しかも警備の工事は外側の配線で、邸宅内には入れてもらえなさそうだった。前庭を含めた総敷地面積は、ちょっとした野球場くらいはありそうだった。庭には彫刻と木々があり、どうも図面の通りだと、裏庭もあるらしい。さすがに夫婦二人だけの家自体はそう大きくなさそうで、二階建てのちょっと大きめの家といった外観だった。ナナが庭の石像に見とれており、ガードマンの一人が雇い主の受け売りをナナに喋っていた。彼ら四人の周りには、見える限りで少なくとも三人のガードがいた。そのうち一人はこちらを常に見ているわけではなかったし、距離も遠かった。そして近くにいる二人のうち一人がナナと喋っており、あと一人の始末が問題だった。  西田は予定外だとぶつぶつ文句を言っていた。賢はそんなことだろうと思って小さく息をついた。これがいわゆる『完璧に安全で確実なうまい話』ってやつだ。  警備がこれでは動こうにも動けない。見たところ、配線工事はほぼ終わっていて、苛立った賢はそのコードを片っ端から切ってやった。不完全ではあれ、警報装置なんてない方がいいに決まっている。龍太郎が引きつった顔で見ていたが、いつもは龍太郎の方が乱暴で大胆なことをするのだった。  西田は賢を見ながら考えていた。ここまで来て引き返したくはない。目の前にお宝があり、腕のいい泥棒が来ているのだ。予定よりガードマンが多かったとは言え、幸い結果的には一人を始末すれば何とかなりそうだ。 「龍、おまえがガードを倒して、あの影に引き込め。その隙に俺たちが盗みに行く」  西田は龍太郎と賢に言った。 「二人抜けるってことか? それは不自然やろ、警備員が見てるんやぞ。抜けるんは俺一人で充分や」  賢が反論したので、西田は考えた。龍太郎はどっちでもいいと思っていた。彼が考えていたのは、盗んだティアラが換金されていくらになるのかということだけで、他のことはどうでもよかったのだ。 「それはそうやな。仕方ない、おまえが行け。俺がごまかしとく」西田は仕方なく言った。 「お互い、それが専門やからな」  賢は当然のことだというように答えた。西田はそれが気に入らなかったが、許すことにした。盗みの現場にいて監視できないのは気がかりだが、長い付き合いの賢なら大丈夫だろうと思った。  遠くに見える警備員がこちらを向いていないタイミングを見計らい、龍太郎は近くでぼんやりしていたガードマンを一発殴って倒した。声を立てさせないように口を押さえ、倒れるときの音も立たないように素早く支えた。そして近くの花壇の影に運び、腰に持っていたロープで彼の腕と足を結んだ。賢は一番近い窓に寄り、防犯装置がついていないのを確認してから、透明のビニール粘着シートを貼って、持っていたハンマーでガラスを割った。鍵を外して中に入り、そして窓を枠ごと外した。夜は下手に割れたガラスのまま窓を入れておくよりは、外してしまった方が目立たないことがある。特に工事用外灯が逆光にしてくれている場合には。
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