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 賢はまたソファで目覚めた。まぶしい光が目に痛い。壁の時計は相変わらず十時十分を示しているが、おそらくもう昼近くだ。頭がガンガンした。二日酔いではない。左目がガーゼで覆われている。 「起きた? 大丈夫か?」龍太郎が覗き込む。水を入れたグラスを持っているので、賢はそれを受け取って飲んだ。ぼんやりと記憶が蘇る。 「そうや…あのデカイ奴に殴られたんや」  テストニアの外交官は、最後に一発殴らせろと言った。それで信じるからと。賢はもちろん断った。断ったのに殴って来た。ボクシングジムでちょっと習っただけの腕は敵わなかった。あの外交官は武官だ。一発どころか、何発か殴られて賢はおそらくぶっ倒れたのだ。そして家の前に届けられた。龍太郎が呼び鈴に気づいて玄関に出ると、伸びた賢が倒れており、引きずり入れたという。 「小島さんが帰った後で良かった。事情説明することになってたら、俺、どう言うたらええかわからんかった。賢は血だらけやし」 「くそ、テストニアに借りがなかったら、領事館を爆破しとるとこや」  賢が言って、龍太郎は笑った。冗談でもそういう過激なことを言うのはやめてほしい。 「なんで殴られたん? また賢、相手を怒らすようなこと言うたんやろ」  龍太郎は少し呆れ気味でグラスを受け取る。 「別に」賢は息をつく。「俺を信用せぇって言うたら殴られた」  龍太郎は笑った。きっとその行間にとてもたくさんのやり取りがあったに違いない。 「賢は時々、ものすごく口が悪くなるから気をつけたほうがええで。たまに俺でも後ろから刺したくなるときあるもん」 「おまえに刺されたら、諦めて死ぬわ」 「そんなん言わんといて」龍太郎は急に悲しそうな顔になって言った。 「痛い」賢は左目を押さえた。 「一応冷やしてんけど。腫れてるかもなぁ」龍太郎は冷凍庫から保冷剤を出して賢に放り投げる。賢はそれを受け取って、左目に当てた。 「俺の頭、割れてた?」 「割れてへんよ。血が出てただけ」龍太郎は苦笑いした。「でも気をつけてや、賢がおらんと俺ら困ってまう」  賢は頭を冷やし、ため息をついた。 「龍太郎、俺は今回でこの仕事をやめようと思う」  龍太郎は賢を振り返ってじっと見た。とうとうこの日がやってきた。そんな気がした。 「そっか」意外と気持ちは静かだ。 「おまえさえ良ければ、一緒に転職せんかなと思って」 「え?」  賢の携帯電話が鳴り、話が途切れる。龍太郎はその先の言葉が聞きたかったが、賢が電話に話し込んでいるので遠慮する。  賢はどうやら猫の健康状態について誰かと話をしているようだった。  俺は何に誘われるんかな。龍太郎は少し不安を感じつつ、しかし少し高揚した気分も感じつつ、賢が電話を終えて転職の話をしてくれるのを待った。  しかし賢は電話を終えると忙しそうに自室に入ってしまい、その後は出掛けて来ると言って出て行ってしまった。  龍太郎が「車出そうか」と声をかけたが、賢は笑って「金でも数えてろ」と言った。つまりは「来なくていい」だ。龍太郎はチェッと舌うちをして、でも少し幸せな気分でソファに座り込んだ。
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