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 賢は靴を脱いで道具箱に入れ、そっと廊下に出た。寝室は間取り図によると二階だった。賢は真っ暗な中、頭に叩き込んだ図面を思い出していた。階段は玄関を入ってすぐ右にある。玄関はもう少し先のはずだ。賢は道具箱を持ってゆっくり歩いた。賢たちの家と同様、古い洋館だった。  階段をようやく見つけ、上に上がろうとして賢は階段の上に光る目を見つけた。体が硬直するのがわかった。息が止まった。すぐにそれが子猫だとわかり、しかも逃げてくれたので良かったが、賢は心臓が飛び出すかと思った。気持ちの悪い汗がこめかみを流れた。彼はゆっくりと階段を上り始めた。一段ずつ、音を立てないように慎重に行った。かといって時間をかけすぎるのも考えものだと思っていた。ナナがまたガードマンにふらつくかも知れず、西田の言い訳が信用されないかもしれなかった。  賢は息をついて寝室のドアの前に立った。ノブに手袋をはめた手を伸ばすと、回転が途中で止まり、施錠されていることがわかる。賢はその手をじっと止めて数秒考えた。部屋の中の気配に耳を澄ます。物音がしたような気もするし、しんと静まり返っている気もする。猫のせいで気が散るのは確かだ。  中の様子はよくわからないが、西田の話だと、オーナーは老夫婦で、夜の十時にはもうぐっすり眠っているということだった。そうだとすると、老人の眠りは浅いから、ちょっとした物音でも起きてしまうだろう。賢は手を戻して静かにドアの前に座り、ロックのかかったドアシリンダを覗いた。これは簡単に開きそうだ。音さえ気にしなくていいなら、二十秒で開けられる。が、音を立てないようにするには、もっと神経も時間も必要になる。  賢は深く息を吸って、静かに少しずつ息を吐いた。思わず両手を合わせ、神に祈ってしまう。彼の祖父、平塚鉄治はいつも仕事に取りかかる前、神棚に向かって祈っていた。その影響も大いにある。  青い目の子猫が少し離れて見守っているのが感じられた。賢は布を敷いて道具箱を置き、胸ポケットからマスターキーの束を出して音を立てないようにもう一枚の布で包んだ。そして一本を選んで滑りが良くなるように指で拭い、錠に入れた。そして回転させてみて、首を傾げる。何度かゆっくり回転させ、それから別のキーを選んだ。かちりとドアが開く。  賢はゆっくりドアノブを回してドアを開いた。人のいる部屋に忍び込むことの、どこがどのように『安全で確実』なのかわからなかった。西田はときどきおかしくなってしまうに違いない。賢は薄くドアを開いたところで中をのぞき、そして壁に体を戻した。老夫婦は完全に眠っている。西田なら言うだろう。『完璧に完全な眠りだ』と。  賢は足下に来た子猫を見て、それからドアを大きく開いた。窓からの月明かりに照らされて、ベッドの上の老夫婦は首を絞められて仲良くあの世に行っているようだった。賢は二人に対して手を合わせ、それからベッドの横の引き出しを見た。何にも触れないように注意しながら、しかも部屋に必要以上に入らないように背伸びをして開きっぱなしの金庫を見た。ティアラも宝石も現金もない。ベッドの足元に小さな紙くずが落ちているだけだった。賢は紙くずを指でつまんで眺め、小さく息をついた。これ以上ここに長居する必要もなくなった。  賢は道具箱をまとめ、ドアを丁寧に閉じて階段を降り、そして同じように窓を割った部屋に戻り、工事の芝居をしている西田たちのところに戻った。子猫が窓で鳴いて、ガードマンが賢たちの方を見た。 「逃げろ」  賢はナナの腕を取り、車へ走った。龍太郎が運転席についたと同時に賢たちも乗り込んだ。警備員が何が起こったかはわからないはずなのだが異常を察して走ってくる。賢は少し遅れた西田を引っ張り込んでドアを閉めた。龍太郎はアクセルを思い切り踏み込んで、前から来る警備員を散らした。
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