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約束は明日だった。明日の深夜までに、猫とティアラを一緒にテストニアに返す。それで話がついている。ティアラを入れたコインロッカーの鍵と、保健所の子猫引き取り手続きの紙を一緒にして指定のホテルに宅配便で送った。もう賢にできることはなく、あとはテストニア側がうまくやるはずだった。
賢は小島と別れた後、ナナに電話した。
「なぁ、明日、晩飯一緒に食おうや。サバティーニは無理やけど、この前のやり直しをしよ」
ナナはミャーミャーいう泣き声を近くにはべらせながら、うーんと考えた。
「何を奢ってくれるん?」ナナは怠惰な声で尋ねた。
「ボルシチでもええし、あそこのビーフハンバーグでもええ」
「あ、いいねぇ」ナナの声色が明るくなったので、賢は笑みを浮かべる。
「ナナ、愛してる」
わたしも、と言いかけて、ナナは電話の向こうで「ガチャン」という音を聞く。
「賢?」
電話に耳を押し付ける。ジャリジャリという耳に痛い音が聞こえる。それからしばらくして、しんと音が消える。ツーツーともいわず、どこか遠くで靴音がしたり、車のエンジン音が聞こえるのは、きっと電話が通話状態のまま放置されたから。
「賢?」ナナは大声を出した。何が起こったのかわからない。「賢、返事してよっ」
もちろん返事はない。ナナは怒りの後、泣き始める。電話を切ると、永遠に賢につながらない気がして、切ることができない。
龍ちゃんに知らせないと。何とかしてくれるかも。
そう思うのに、今、賢とつながっていたラインを切ることができない。
「返事をしてよぉ」ナナはバッグを探り、別の携帯電話を出す。
龍ちゃん。賢を助けて。
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