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6
幸い、白骨化する前に発見された。
西田が珍しく、うまくネットワークを使った。賢の携帯電話の位置を特定し、電話が落ちていた駐車場にあった血のついたタイヤ痕から、殺し屋の車を特定し、防犯カメラから車の行方を追った。龍太郎がその進行方向の奥には、昔、白骨死体が見つかった森があると気づいて車を飛ばし、あとは仲間たちと辺り一帯を調べた。
殺し屋の車は人目を避けるでもなく、道の脇に置いてあった。きっとさっさと埋めて、さっさと立ち去る予定だったのだろう。まさか穴の下に落とした奴に撃たれるとは思わず。まさかケチな若いコソ泥が拳銃を持っているとは思わず。そしてそれを迷わず自分に向けて撃つとは思わず。まさか死ぬとも思わず。
賢は救急車で運ばれた。
目が覚めたら、土の上ではなく、快適な白いシーツの上で、文字通り天国だと思った。
「アホ」とナナは言った。ベッドの脇に腰掛け、誰かが見舞いに持って来た焼き菓子を食べている。
「正当防衛になるんやろ」龍太郎が聞く。
「なるやろな」仏頂面で小島が賢を見ながら答えた。「そやけど、不法所持は問われるで。森口がとばっちりを受けたって腐っとったわ」
賢はニヤリと笑った。「でも殺し屋に追われる夢からは解放されたやろ。感謝してもらいたい」
「おまえ、狙っとったんちゃうやろな。森口をはめたんちゃうか」
賢は小島を見た。テストニアの外交官もそういうことを言ってたな。
「うまいこと行き過ぎやろ」小島はじっと賢を見る。この男はあまり考えを外に出さないし、誰かを頼ったりもしないから、全てのプロセスが見えにくい。結果だけを見たら、何だかうまく行き過ぎた形に見えるが、それが故意に仕組まれたことを証明しにくい。何もかも賢が一人でやってしまうからだ。
「殺し屋がちょっと頭を使って、俺の体を探っとったら、あいつは死なんと俺が死んでた」
「賢が生きとって良かった」ナナが言う。
「確かにな。おまえが生きてたんは奇跡やな」小島は渋々認める。結果的に賢が生きていたことは小島個人としては良かったが、殺し屋はどうして賢の身体検査をしなかったのかと疑問に思う。まさか銃を持っていたとは、というのが正直なところか。
「賢、おまえ、俺とコンビニの前で会うたときも、ピストルをポケットに入れとったんか」
小島は憎々しげに聞く。あんな虫も殺さないような笑顔を見せておきながら。
「まぁな。持ってたというよりは、前にポケットに入れたままで、忘れとった」
「そんなもん、忘れるな」小島は怒鳴る。へらっと賢が笑った。
「忘れとったもんはしょうがない。それが森口のやったんも偶然やし、殺し屋に取られてなかったんも偶然や。俺は神様を信じてるで」
小島は唸って賢を睨んだ。そんな神、とも思うが、その神が賢を救ったのなら感謝しなければいけない。気持ちは複雑だ。
「あと、おまえに聞かなあかんことがいくつかある」小島は言った。
「非公式の取り調べか?」賢が言って、龍太郎が笑う。小島が龍太郎を睨むと、彼はすぐに笑顔をひっこめた。賢はニヤニヤと笑っていたが。
「そうや、非公式の取り調べや。俺が個人的に知りたい。これは何や」
小島は賢のベッド脇のワゴンに置いてある大きな花を見た。数万円はしそうな花かごが一つではない。三つ並んでいる。
「花」賢が事も無げに答える。
「それは見たらわかる。なんでテストニア領事館からデカイ花が何個も届いてるねん」
「さぁ」
「確か、俺が協力して声をかけたったんもテストニアの外交官やったよな。おまえ、一体何をしてるねん? 聞いたところによると、殺された間宮さんもテストニアに縁があったとか聞いてる。おまえら、間宮家に盗みに入ったやろ?」
賢はナナを見た。それから龍太郎を見る。
ガチャリと音がして、ちょうど上手い具合に西田が顔を出す。
「あれ、取り込み中?」西田が小太りの顔を左右に動かした。
「いや」賢は顎で西田に入るように促した。西田はホッとして入って来る。
「ほら、賢、限定のドーナツ買って来たで。三十分も並んだわ」
「わぁ」ナナが喜んで包みを開く。そして一人に一つずつ分け与える。
龍太郎はそれをもらってパクリと頬張った。甘い香りが口に広がる。
賢と小島ももらったので食べた。断る理由もさしてない。
「俺はこの話は最初から乗り気やなかった」賢が言って、賢以外の全員が賢を見た。
「何の話や」西田が警戒心を目に浮かべながら尋ねる。
「おまえが持って来た『完璧に安全で確実にうまい話』やったかな。アレや。間宮家に盗みに入る計画を西田が持って来た」
「おい、賢!」西田が小島を見て賢に異議を唱えた。刑事のおる前で何を言うねん。
しかし賢は構わず続ける。
「龍太郎とナナが乗ることになっとった。俺はこいつらだけを、危ない話に突っ込ませるのはヤバいと思った。俺がおったらフォローできるかもしれん。俺は西田の話がどう考えても、安全でも確実でもないと思ったけど、乗ることにした。というか走り出してる車に飛び乗ったって感じやな」
「おまえはいつもそうや」小島が刑事という立場を忘れ、うなずく。
「現場に着いて家に忍び込んだら、金庫があるっていう寝室には鍵がかかってた。セリュリティの高い家でもないのに、寝室に鍵がかかってるのは変やなと思った。でも仕方ないから鍵を開いて中に入ったら、金庫はだらしなく開きっぱなしで、老夫婦は布団に入って死んでた。また変やなと思った。開きっぱなしの金庫と、夫婦二人共を殺す残忍さと、布団に入れるっていう優しさが、てんでバラバラや。おかしいと思った」
「おかしいって言わへんかったやんけ」西田がつぶやいた。もう小島に聞かれていることについては黙認するようだ。
「おかしいって言うたところで、おまえに理解できるとは思えん」賢が西田に言い、西田はカッと赤くなった。
「そのとき、俺の他に、間宮さんの隣の家の奴がおった」
「え?」龍太郎と西田は目を丸くした。
「そうなんよ。隣の男の子がね、殺し屋を見たらしくって、何か変やと思って様子を見に来たんやって。ご夫婦が亡くなってて、酷いと思って布団をかぶせたって」ナナが解説する。
「俺が来たから、拾ったティアラと一緒にクローゼットに隠れた。そやから金庫には何もなかった。俺は猫に鳴かれて、急いで逃げた」
「そうそう、その猫がテストニアのグラン・ブルー」龍太郎が大笑いした。
「はぁ?」西田が龍太郎を見る。
「賢、いつ猫がグラン・ブルーってわかったん?」ナナが聞く。
「中岡のとこに行ったとき」賢はドーナツの残りを一気に口に入れて食べ終える。「宝石の通称らしいって中岡もあいまいな言い方してた。それに、新聞で読む限り、テストニアのティアラに青い宝石は使われてない。王家の紋章に猫のシルエットが入ってたなと思い出した」
「え、でもその前に猫を引き取りに行ったやん。なんで?」龍太郎は首をかしげた。
「ナナが子猫を飼いたいって言うてたからな。どうせ飼い主が死んだら、猫は誰のモンでもないやろと思って引き取った。それが結果的に良かったな」
「偶然?」龍太郎は目を丸くする。
賢はうなずいた。「俺には幸運の神様がついてる」
確かに。龍太郎もナナも西田も思った。こうなったら、賢が天満宮にしょっちゅうお参りに行くことも、仕事の前に神棚に手を合わせることも、金庫を開く前に神様に祈る儀式も止められないなとも思う。
「保健所に引き取りに行ったら、間宮さんちの猫は珍しい猫やから引き取り手がつくかもしれんって言われて、俺が引き取るって言うて手続きしてたら、隣の子猫がまた丸い目で見つめるから、こいつも引き取るわって。そいつはもうすぐ処分されるて言うから、そのヤバい方を先に引き取った」
「じゃぁグラン・ブルーはまだ保健所?」ナナは小首をかしげた。
「いや、もうテストニアに返した。だから、その花」
賢は花かごを見た。
「ちょっと待て。クローゼットに入ったティアラはどうなった」
小島が腕組みをして聞く。
「さすが刑事。ちゃんと聞いてるな」賢が褒める。小島はムスッとしたまま賢を睨む。
「話を進めろ」
賢は肩をすくめた。「ティアラはちょっと破損してた。それを自分のせいやと思った隣の男は修理に出そうとした。でも断られて困って、あちこち回ることになる」
「なんで断られる?」
「俺がテストニアの外交官と組んで、危ない噂を流したから。網を張ったら見つかった。そんで俺が修理したるって受け取りに行った」
「じゃぁ今はどこにある?」
「テストニアに返した。だから、その花」
賢は花かごをもう一度見た。
小島は眉間にしわを寄せる。西田もナナも龍太郎も耳を疑う。
「返した? 売ったんとちゃうの?」ナナが言った。
「売ってない。返した。元々、クソジジイが返すタイミング待ちきれんと死んだだけや。俺は孫として、それをちゃんとやりとげる義務がある」
「ええーーーっ」ナナは不満そうにため息をついた。「本物、見たかったぁ。ちょっとだけでいいから、頭に乗せたかったぁ」
賢は苦笑いした。
「賢、ほんまに返してしもたんか。金は全然受け取らんと?」
西田も惜しそうに言った。龍太郎も黙っているが西田に同意する。ちょっとぐらい金はもらっても良かったのになと思う。テストニアだって気を効かせて礼を弾んでくれてもいいのに。
「あの外交官には借りがあったからな」賢は枕を積んだベッドにもたれた。
「借り?」賢以外の全員が首をひねる。
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