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賢が怪我をしたと聞いて、タルガは電話をかけた。
「パパに会えたか?」賢が笑いながら聞いた。タルガが怪我の状態を聞いたのに、その質問には答えてない。
「会った。あなたは知っていたのか?」
「何を?」
「私の父が生きていたことです」
「死んでたのか?」
タルガは黙り込んだ。賢は笑っていない。真面目に答えているらしい。
「死んだと聞いていた。だから再会して驚いた。父からあなたの名を聞いたときは、もっと驚いた。あなたが全ての段取りを取り仕切ったと聞いている」
「いや、別に俺が仕切ったわけやない。日本のヤクザがロシアにテストニアの国宝を売り込もうとしてるって話やったけど、今さらロシアがなんでと思って会うてみたら、ミスター・ブロフスキスやった。俺はあんたのパパに、ずっと前に…子どもの頃に会うてた。それで話を聞いた」
タルガはうなずいた。彼も父に話を聞いた。テストニアが独立するまではロシアのために働いていたが、テストニアが独立したのでテストニアのために働こうと決意した。そのためにはロシアと決別しなければならず、死亡したということにする必要に迫られた。ロシアのために働いていたのでテストニアからは敵と見なされ、反対にロシア側にはテストニアに寝返るように見えるため裏切り者と見なされたからだ。時期が過ぎれば家族のもとに帰れるだろうと思ったが、なかなかうまくいかずに時が過ぎた。やっとロシアとテストニアの間の関係も安定し、いろいろと手を尽くして両国の信頼も得た。そこで手土産を持ってテストニアに戻ろうと考えた。以前日本に預けたティアラである。ところが鉄治が死亡しており、仕方なくロシア時代に接触のあったジャパニーズマフィアに声をかけたのだった。
「あんたのパパには、うちのジイさんが世話になってたからな。恩返しせんといかん。それをしただけのことで、別にあんたを騙そうと思ったわけでもない」
「しかし、父が代理人だということを、あなたは言わなかった。言ってくれたら、私もあのとき、殴ったりしなかった」
「あれは、あんたのパパに口止めされてた。王室の過去のスキャンダルをあんたは知らん方がええと思ったんやろな」
「ティアラ破損のことか」
「そうや、誰が何のために壊したとかは、知らん方がええんやろ。たぶん、あんたのパパは知ってる。俺のジイさんも知ってる。でも俺もあんたも知らん。そんでええんやと思う。俺らは今、日本やロシアとテストニアが平和に仲良くやってることを喜んだらええんとちゃうかな」
「事故じゃないと?」
「事故やったら隠さんやろ」
「ふむ…」
「とりあえず、俺は何とか生きてる。怪我も大したことない。あんたが気に病むことは何もないから安心せぇ。ああ、そうそう。また日本に来たら寄ってくれ。新しく店を出すことになった。カードを送る」
「店?」
「オムライスが最高や。オムライス、知ってるか?」
タルガはそう言われて、思い出した。
「ああ、父が何度か作ってくれた。気に入っている店が日本にあって、レシピをもらったとか言って」
「そうか」賢は電話の向こうで嬉しそうに言った。「じゃぁパパと来たらええ。そのシェフが待ってるってな。あんまり時間が経ったら、引退してまうでって言うといてくれ」
「わかった」タルガは答えながら、今すぐにでも父と日本へ行きたい気分になった。
じゃぁなと賢が言って、タルガは礼を言った。何となく言っておくべきだと思った。
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