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俺のすぐ目の前を夫婦らしい若い男女が通りすぎてゆこうとしている。男女の真ん中には着飾った幼稚園児らしい女の子がいる。女の子の黒髪に揺れる赤いリボンが夜の明かりを受けてまぶしく光り輝いた。 「バイバーイ」 女の子が笑顔で俺に手を振った。なんとも可愛らしくてまぶしい笑顔だった。俺も笑顔になって女の子に手を振った。親子三人連れは幸せそうな笑い声を残して去っていった。俺は親子三人連れの背中が見えなくなるまで待ち続けた。 もういいだろう。頃合いだ。俺はあらためて灰色のビルを見上げた。 上田、 上田、俺は帰ってきたぞ。 なあ上田、おまえが俺を恨みに思う気持ちは理解できるよ。なにしろ俺の従兄弟の九条浜定雄はおまえの姉さんを殺したんだからな。おまえが定雄の身内の俺を恨みに思い、破滅させようとブライアンを雇い、さらにおまえ自らが仲間を率いて襲撃して来たのも至極道理だ。もっとも、もしも俺がおまえの立場なら、果たしておまえと同じ真似をしたのかどうか、それは俺には分からないな。だが俺にはおまえのしたことがよく分かる。だから上田、俺がこれからおまえにすることも理解してくれるよな。俺はなあ、やられっぱなしで生きてゆくわけにはいかねえんだよ。たとえ懲役に行こうと死刑になろうと、俺はおまえからケジメをとらねばならない。さもなくば俺は生きながら死ぬことになる。死人として生き長らえるなんて、たとえ逆立ちしたって俺にはできそうにない。だから上田、分かってくれるよな。おまえは悪くない。俺の従兄弟の定雄はそれだけのことをしたんだ。定雄は俺の身内だし、俺はおまえに恨まれる覚えがある。だが俺はヤクザとして世間の奴らの記憶に俺の名前を永遠に刻みつけなけりゃあならない。だから俺は今からおまえを殺す。 上田、優しい姉さんと一緒に天国で笑って楽しく暮らしてくれよ。俺はおまえらのいない暗闇で竹田と一緒に生きてゆくよ。 どうやら俺は、竹田が語った灼熱の楽園には永遠にたどり着けそうもない。 分かっている。灼熱の楽園は竹田の作り話だ。たとえ宇宙の果てまで行って探しても灼熱の楽園など見つかろうはずもない。マイナス千度の極寒地獄の果てはどこまで行っても極寒地獄だ。 俺はギターケースの蓋を開けた。M4A1カービンをつかみ取って肩に担いだ。それから防寒着の左右のポケットに予備の弾倉をいっぱいに詰め込んだ。用済みとなったギターケースを歩道に投げ捨てた。M4A1の装填ハンドルを力いっぱい引いて離した。初弾が薬室に装填された。本体左側面のセレクターを動かし、全自動射撃モードにした。 いよいよだ。ビルのエントランスに足を踏み入れた。事前に調べた限りでは、会長執務室は最上階にあるはずだった。俺は最上階を目指し、灰色に煤けた非常階段を一段翔びに駆け上がった。 了
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