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「春川民造のクルマの写真を渡しとくわ」
松山から写真を三枚受け取った。白の車体色が眩しいロールスロイス・ファントムが、前、後ろ、真横の三面を晒して写っていた。写真の余白に黒マジックでナンバーが大きく書いてあった。
「マルキタ貨物の社長が同じクルマの銀色に乗ってる。そいつと絶対に間違えるなよ」
マルキタ貨物は地元の堅気の企業だ。もちろんマルキタの社長にはヤクザから命を狙われるような覚えはないはず。
「間違えるなよ」
松山は念を押した。
「分かりました。では」
松山に一礼して、執務室を後にした。
とたんに古参の幹部組員たちに取り囲まれた。
「高無、組のためだ。上手く狙えよ」
「高無、狙って当てろよ」
「高無、後でいい女を紹介してやっからな。上手く狙えよ」
幹部らが泣き真似しながら次々と俺を抱き締める。
若頭補佐筆頭の竹田ミサオの順番になった。
竹田ミサオは銅謙組のナンバースリー。
スッキリしたデザインの濃紺の背広に白いワイシャツ。ネクタイは締めていない。
竹田は俺を抱き締めようともしない。
竹田が俺を静かに見つめている。竹田は他の幹部のようにわざとらしく泣き真似するでもなくあくまでも無表情だった。
「狙うんじゃない」
竹田はぶっきらぼうに言った。
「は?」
「銃を持った手を前に突き出すんだよ」
「突き出すんですか?」
「そうだ。三メートル以内だ。可能なら二メートルまで接近しろ。手を伸ばせば届くぐらいの距離まで接近したら、拳銃を握った手を相手の身体の真ん中に突き出して引き金を引け。少なくとも三発はぶち込め。それで必ず殺れる。いいか、狙うんじゃない。近づいて、銃を握った手を真っ直ぐ前に突き出して、撃つ。それを忘れるな」
「はい。ありがとうございます」
俺は頭を下げた。
「やるからには本気でやれ」
「はい」
顔を上げたときには既に竹田は遠い目をしながら明後日のほうを向いていた。俺を見向きもしない。
幹部連中は皆、若頭補佐の竹田を白けた目で見ている。実際、俺の目から見ても竹田という三十七歳の男は組の中でやや浮いている。
幹部たちは気まずさを誤魔化すように虚ろに笑っている。
「まあ、俺たち竹田さんと違って射撃のことはよく分からねえけどよ。とにかく高無よう、頑張れ。しくじるなよ。上手くやれよな」
作り笑いを浮かべた幹部たちが俺を再び取り囲む。
「ありがとうございます。頑張ります」
幹部たちに暫しの別れを告げてから組事務所を後にした。空を見上げると、午後の太陽が薄っぺらな銀紙のようにゆらゆら儚く揺れていた。
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