18

12/28
前へ
/221ページ
次へ
公園前にクルマを停めたまま、徒歩で松山ビルの裏手に回った。警官がふたり、裏口に立っている。ふたりとも退屈そうに欠伸を噛み殺している。俺は警官に気づかれないように身を低くしながらビルの左脇に回り込んだ。二階の窓が音もなく静かに開いた。サングラスの組員が顔を覗かせ、身振りで合図している。俺は両手を拡げながら頷いた。サングラスの組員はショルダーバッグを放り投げた。俺は上手い具合にそれを両手で受けとめた。 「中身、確かめて」と、サングラスの組員が口パクしながらこちらを指差した。 俺は促されるままに蓋を開けてショルダーバッグの中身を確かめた。三千万円は確かにその中にあった。 カネは確かに受け取ったと、俺は身振りで伝えた。サングラスの組員は頷いてから手を振った。サングラスの組員の姿は消えて、窓は静かにゆっくりと閉じた。 ふたりの警官は退屈そうだ。欠伸を噛み殺している。背後からそっと忍び寄って脅かしてやりたい衝動に駆られるが、そんな中学生みたいな馬鹿な真似はやめておく。 足音を忍ばせながらみどり公園まで走った。ドアを開けてフィアット500に飛び乗った。エンジンを始動。暖気せずすぐに発進してインペリアルホテルを目指した。 インペリアルホテルは中心街からさほど離れていない場所にある。道路が空いていたせいかわずか五分でホテルにたどり着いた。地下駐車場ではなく、敢えて屋外駐車場の隅の目立たない場所にフィアット500を停めた。ホテルの敷地のすぐ目の前にはJRの駅がある。終電の時刻を過ぎているせいか、既に灯りは消えて駅は眠りに落ちていた。 三丁持った拳銃のうち、ブローニング1910とグロック43は座席の下に隠しておいた。銀色に輝くスミス&ウェッソン44マグナムM629のスナブノーズ3インチ銃身タイプを手に取り、弾丸の装填状況を確かめた。レンコン型回転弾倉には44マグナム弾が六発込めてある。弾倉をルーレットのように回しながら閉じた。銃を腰のベルトに挟んでしっかりと固定した。44マグナムは俺の命綱だ。 駐車場をゆっくりと歩いて真一文字に横切った。 澄んだ空には砂金を巻き散らかしたような無数の星たちがゆらゆらと瞬いていた。流星が右から左へ斜めに流れて落ちた。穢れのない月が蒼く白く揺れていた。今夜の月とそっくり同じ月を見たことがある。子供の頃に施設の窓から見上げた月だ。今俺が見上げている月はあの頃に見た孤独な月となぜだかまったく同じ色をしていた。 サングラスを装着してホテルの入り口を潜り抜けた。人気は無くひっそりとしていた。松山の指示したとおり、フロントに山梨と偽名を名乗った。杉山芸能研究社の杉山に会いたい旨を伝えた。杉山は松山の偽名だ。 視線が痛い。アーミージャケットにジーパン。サングラス。インペリアルホテルに相応しくない。フロントの目線が冷ややかだ。 「十階1006号室です。ご案内を――」 「必要ない」 エレベーターを使って十階まで上がった。エレベーターを降りてすぐには部屋に行かず、非常階段の場所を確認した。 それはそうと、今の俺の服装はともかくとして、武器を携えたまま縁組みの席に臨むわけにはいかない。そんな最低限の礼儀ぐらい俺だってわきまえている。 辺りを見渡した。エレベーターの近くに置かれた鉢植えの観葉植物が目についた。鉢植えの裏側に44マグナムを隠した。アーミージャケットの襟を直してからゆっくりと深呼吸した。 1006号室の前に立った。この部屋の中に松山がいる。俺は扉をノックした。
/221ページ

最初のコメントを投稿しよう!

81人が本棚に入れています
本棚に追加