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二台並んだエレベーターのうちの一台が上昇していた。俺はもう一台のエレベーターの下降ボタンを押した。 上昇して来ていたエレベーターが、今俺がいる十階で止まった。扉が開いて、いかつい面相の男たちの集団が姿を現した。彼らのいずれも俺にとってはよく見知った顔だ。よく見知った顔どころか、銅謙組のお歴々だ。先頭に真山が立ち塞がって懐に右手を入れている。真山のすぐ後ろには四代目銅謙組組長銅田謙吾の仏頂面が見えた。その両脇には若頭の金山と本部長の新川が控えている。 「あっ! 高無てめえ!」 金山がすっとんきょうな声をあげた。 真山が銃を抜いて構えた。真山の右手のワルサーPPKが俺の身体の真ん中を狙っている。真山のワルサーは撃鉄が安全位置に倒れたままになっていた。俺は抜かりなく、真山がワルサーを抜いたのと同時にマグナムを抜いてかまえていた。マグナムの銃口は銅田謙吾の顔面を真っ直ぐ捉えている。 「高無、よくも石野と早瀬と桜田を殺ってくれたな。とぼけても無駄だぞ。俺は一部始終を見てたんだからな」 真山は血走った目をぎらつかせている。真山の左右の目尻に涙が滲んでいた。 石野と早瀬と桜田――俺が銅謙組の看板を奪う際に殺した組員の名に違いない。あのときは無我夢中だったから、誰が誰やら何も考えられなかった。看板を奪い合う阿鼻叫喚の中で殺した三人にも名前というものはあったのだし、それぞれに生命というものがあったのだ。目的のために犠牲にしていい生命などあろうはずもない。真山の怒りは真っ当だ。だが俺はここでむざむざ殺られるわけにはいかない。 「高無、おまえは最低のクズ野郎だよな。おまえ、死ね」 真山は左右の目の玉を血走らせた。 ワルサーは撃鉄を倒した状態からでも引き金を引けばダブルアクションで発射できる。しかしワルサーのダブルアクションは引き金が驚くほど重いから真山はきっと撃鉄を起こしてシングルアクションで撃とうとするだろう。思ったとおり真山は拳銃を握った手の親指を素早く動かした。金属が鳴る音がしてワルサーの撃鉄が起き上がってシングルアクションでの撃発準備が整った。あとは引き金に乗せた人差し指をほんの少し動かすだけでいい。たったそれだけで俺は確実に命を奪われ、そして死ぬ。だが、そうはさせない。 「おいおい真山。おまえどこに目ん玉つけてんだ。よく見ろ。俺の拳銃はおまえの親分を狙ってるんだぜ。いいのか?」 「おまえ、どこまで腐ってやがるんだ」 「今ごろ気づいたのか」 真山と一緒に事務所の便所を磨いた遠い記憶が儚くフラッシュバックした。だが思い出は無意味だ。思い出は所詮ただの思い出でしかない。俺はくだらない感傷を振り払いながら真山から視線を逸らし、今度は銅田謙吾を見つめた。 「組長さん、どうもお疲れ様です。お知らせしときますが、俺はたった今、松山会長と親子盃を交わして来ました。俺に指一本でも触れてごらんなさい。四代目銅謙組と松山会の全面戦争ですよ。ブライアンに滅茶苦茶にされて大打撃を受けたばかりのあんたら四代目銅謙組に、果たしてそんな余裕はあるのかな?」 銅田謙吾は何も言わず、ただ静かに俺を睨んでいる。やがて銅田謙吾は本部長の新川の肩を突っついた。 「本部長、ボサッとしとらんで真山を止めんかい」
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