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エレベーターを使って一階へ降りた。フロントの前を通るとどうしたことか誰もいない。訝しく思いはしたが、とりあえず玄関の外に出た。深夜を過ぎた今、気温は限界まで下がりきっていた。 サイレンの音が急速に近づいていた。ホテルと駅に挟まれた通りをパトカーの赤色灯が右から左へ走り抜けて行った。 それにしても、ホテルのフロントに誰もいないということがあるのだろうか。個人経営の安旅館ならともかく、皇室関係者や政府要人なども利用するような高級ホテルだ。深夜を過ぎたからといってフロントが無人になるなどあり得ない。それがどうにも気になってならなかった。 俺は立ち止まって振り返り、ライトアップされたホテルの伝統美溢れる重厚な外観を見上げた。 ――ここには、なにかがいる。 なにやら得たいの知れない怨念が蠢くような不吉な気配にたまらず身震いした。 俺はとりあえずいったんフィアット500を泊めた場所にまで戻り、運転席に乗り込んでエンジンを掛けた。フィアット500をローギアのまま低速で走らせ、ホテルの入り口の近くまで移動させた。そしてすぐにエンジンを切った。座席の下に隠していたブローニング1910を取り出して弾丸を調べた。思わず舌を打った。二発しか入っていない。そうだった。ブローニングの32ACP弾をブライアンに取り上げられたのをすっかり忘れていた。 「ブライアンめ」 ひとりごと。声に出したつもりはないが、それはしっかりと声に出てしまっていた。 ブローニング1910を座席の下に隠した。弾丸が二発しか入っていないのでは、いよいよ最期という場面での自決にしか使い途がない。ただし、俺はなにがあろうとも自決などしない。ようするにブローニング1910にはもう出番はない。座席の下を探り、今度はグロック43を取り出した。弾倉と薬室を確かめた。弾倉に六発と薬室に一発。あわせて七発のパラベラム弾が装填してある。グロックをアーミージャケットの右のポケットに入れて、車外に降り立った。 ホテルの入り口を通ってフロントの奥を覗いてみた。係員はいない。床には大量の血痕があった。マグナムを抜いた。身を屈めながら事務室へと進み、中を覗いてみた。頭部の無い血塗れの斬殺体が折り重なるようにして転がっていた。数えてみると、遺体は全部で四体あった。声を上げる間もなかったのだろう。机の上に生首が四つ並んでいた。吐き気を堪えながら首の無い遺体をまさぐり、マスターカードキーを探し当てた。これであらゆる部屋に侵入できる。従業員を皆殺しにした輩もこれが目当てだったはずだ。 指紋を残さぬよう慎重に固定電話の受話器を手にとってみた。反応がない。電話線が切られているのだろう。 携帯電話。かつて記憶した松山の番号を呼び出してみた。だめだ。圏外だ。まるで繋がらない。きっと強力な妨害電波が流されている。 俺は事務室を抜けて保安室を覗いてみた。床が赤く染まっている。鋭利な刃物によって四肢をバラバラにされた夜警の遺体が転がっていた。何十個とある防犯カメラのモニターがすべて真っ暗になっていた。防犯装置の類いがすべて壊されている。 ロビーに戻り、エレベーターを見上げた。エレベーターの位置を示す数字が上昇している。七階、八階、九階、十階。エレベーターは十階で止まった。十階には松山たちがいる。 「クソっ」 もう一台のエレベーターに飛び乗った。十階のボタンを押そうとして思い止まり、九階を押した。十階でエレベーターの扉が開いた途端に暗殺者――ブライアンが待ち伏せていたらたまらない。 エレベーターの上昇速度の遅さがひたすらもどかしかった。 九階にたどり着き、エレベーターの扉が開いた。瞬間、天井の向こうから複数の銃声が雷鳴のように鳴り響いた。部屋の扉が次々と開いた。宿泊客らの不安そうな顔が覗く。 非常階段を駆け上がった。十階。大勢の宿泊客らがパニックになって廊下を逃げ惑っていた。
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