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短機関銃が次々と弾丸をばらまく音に、複数の拳銃の発射音が重なった。1006号室の辺りからだ。廊下を走り回る宿泊客らがバタバタと将棋倒しになった。反射的に俺は身を伏せた。倒れた宿泊客を楯にしながら辺りの様子を伺った 逃げ惑う宿泊客たちのあいだに亡霊のように立ちすくむひとりの男の姿が目についた。長髪。丸い銀縁の眼鏡。ロング丈のトレンチコート。肩にはショルダーバッグ。右手にはVZ61スコーピオン短機関銃。ブライアンだ。ブライアンが1006号室から転がり出たのだ。 密室でヤクザ七人を向こうに回して撃ち合ったのだろう。普通なら絶対に生きて帰れない絶望的な状況をブライアンは生き抜いた。しかしさすがのブライアンも被弾してしまったのか、痛みに顔を歪めている。 1006号室から、血塗れになった真山が這い出てきた。真山は震える右手を懸命に伸ばし、ブライアンに向けてワルサーを撃った。32ACPのフルメタルジャケット弾はブライアンの内腿の柔らかい肉をえぐり取りながら薄い壁を貫いた。 ブライアンは絶叫しながら瀕死の真山にめがけてスコーピオンを一連射した。決定的な致命傷を負った真山はがっくりと崩れ落ちてそのまま息絶えた。 「くそっくそっくそう! どこを撃ってくれてるんですかあ! まったくヤクザってのはデリカシーないなあ!」 ブライアンは両足の間の大事な部分の辺りを見下ろしながら地団駄を踏んでいる。 「ん?」 ブライアンは真顔になったと思う間もなく、輝くばかりの笑顔となった。 「よかった」 ブライアンは「ヒーハー」と奇声をあげた。 「弾が玉を逸れてる。これを奇跡と言わずして何が奇跡だ!」 ブライアンは念には念をいれるつもりなのか、左手でジーパンの上から彼自身のイチモツに触れて形状や機能に問題がないか調べ始めた。真山が撃った弾は確かに股間を逸れはしたが、ブライアンは上半身にも銃弾を食らっている。そちらの弾傷は気にならないのだろうか。俺は訝しく思いながら、ブライアンが彼の男性自身を撫で回す様をただ見つめていた。やがて俺の冷たい視線に気づいたのか、ブライアンは顔をあげた。俺の視線とブライアンの視線が交差して重なった。 当然のように俺は身の危険を回避しなければならなかった。しかし焦りゆえか、俺は致命的な失態を犯した。うつ伏せになったままマグナムを構えようとしたのだが、それがそもそもの誤りだった。床に倒れた宿泊客のハンドバッグに撃鉄が引っ掛かってしまったのだ。敢えなくマグナムは俺の手から滑り落ちて床に転がった。 内腿を撫で回しながら青ざめていたブライアンの顔が、ひび割れた鏡に映った能面のように怪しく歪んだ。 ブライアンが持ち上げたスコーピオンの銃口が、洞穴の暗がりのようにどこまでも黒く拡がって見えた。
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