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わざわざ目を凝らすまでもなく、床の絨毯には血痕が点々と連なっているのがはっきりと見てとれた。ブライアンの流した血に違いなかった。血痕を頼りにブライアンを追った。ふたつあるうちの、俺が使わなかったほうの非常階段へ血痕は繋がっていた。 血痕を辿りながら、薄暗い非常階段を駆け降りた。階段の灰色に赤黒い血痕がよく目立っていた。 五階。血痕は廊下へと連なっている。俺は血痕の行き先を追った。 悲鳴が聞こえた。若い女のようだ。 血痕は510号室まで続いてそこで途切れていた。若い女の悲鳴はどうやらこの部屋の中からのようだ。 マスターカードキーを使って解錠した。扉を開けた瞬間に撃たれたらたまらない。扉の前に不用意に立たぬように気をつけながら手だけを伸ばし、慎重に慎重を重ねて少しずつ扉を開けた。顔を半分だけ出して部屋の中を覗いてみた。最初に目についたのは床に転がる下着姿の女の死体だった。死体には頭部がなかった。次に目についたのは日本刀。まるで墓標のように、床に垂直に突き刺してあった。そして――ブライアン。椅子に座ったブライアンが、青ざめた顔を苦痛に歪め、静かに笑っていた。ブライアンの右手にはスコーピオン短機関銃が、左手には若い女の生首があった。 ブライアンの身体をよくよく観察してみると、瀕死の真山に撃たれた内腿の他に銃弾に貫かれた跡が胸と腹部に複数箇所あった。このホテルでの撃ち合いで負った傷なのか、三号埠頭での撃ち合いで負った傷なのか、それは俺には分からない。あるいはブライアンは両方の撃ち合いでそれぞれ何発か被弾したのかも知れない。いずれにせよ、ブライアンは今、俺の目の前で半ば死にかけていた。俺は扉をすり抜け、部屋の中へと足を踏み入れた。死にかけているとはいえ、相手はブライアンだ。油断はできない。俺は慎重に間合いをはかりながら、入り口を背にしてブライアンと対峙した。 ブライアンは左手に掲げた若い女の生首の口をパクパクと動かして見せた。 「高無ノゾムしゃん。いや、九条浜ノゾムしゃん。連続殺人犯の従兄弟のあなたと遊べてとっても面白かったでしゅよう」 ブライアンは青ざめて、唇は戦慄いていた。ブライアンは死線に片足を突っ込んでいる。わざわざ俺が手を下すまでもなく、このまま放っておいてもブライアンは死ぬ――数十分以内に。いや、早ければ数分以内にブライアンは死ぬ。それはもはや疑いようもなかった。 「高無しゃんは造船業で莫大にゃ財産を築いた九条浜一族の御曹司だったんでしゅよね」 「その腹話術、ムカつくからやめろ」 「じゃあそうしましょうか。生首での腹話術って意外と大変なんですよね」 ブライアンは生首を足下に転がした。 「語っていいですか」 「駄目と言ってもどうせ喋るんだろう。言えよ」 「僕はねえ、頼まれたんですよ。あなたの従兄弟の連続殺人犯九条浜定雄に殺された被害者の遺族からね。復讐を依頼されたんです。だからわざわざこんな東北の田舎街に来たんですよ。僕の依頼人は最愛の家族を九条浜定雄から無惨に殺されたんです。とても気の毒な方なんです。惨いものですよね。九条浜定雄は被害者の遺体を煮込んでシチューにして召し上がったそうじゃありませんか」
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