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「おまえなんかが、まともな正義感ぶってんじゃねえぞ」 「そうなんです。僕が正義を口にしてはいけませんよね。世間一般的に見れば僕もあなたの従兄弟と同類なんですから」 「被害者の遺族は定雄を死刑にしただけでは飽き足らなかったわけか。だから定雄の身内の俺を殺すように依頼してきた。おまえは仕事としてそれを引き受けた――そういうわけか」 「近いです。でも少し違います」 ブライアンの顔面は秒を追う毎に明らかに生気を失いつつある。息も絶え絶えになりながら、それでも語るのをやめない。 「依頼人は九条浜財閥の時期当主になるはずだった御曹司の九条浜ノゾムを――ようするに高無さん、あなたのことです――生きたまま破滅させて欲しいと望んでるんです。僕の仕事はあなたを生きたまま恐怖と絶望のドン底に突き落とすということだったんですよ。誰をどれだけ殺してもいいが九条浜ノゾム――高無ノゾムだけは決して殺してはならんという難しい依頼でしたから苦労しました。僕はあなたと神社で出会うよりずっとずっと前からあなたを監視してたんです。あなたを生かしたまま破滅させるためにわざわざ銅謙組の客分にまでなりました。僕はねえ、本当はヤクザが大嫌いなんですよ。だって、ヤクザってすぐ怒るからキモいじゃないですか。銅謙組の客分として厄介になってるあいだ、気持ち悪くて生きた心地がしませんでしたよ」 ブライアンはスコーピオン短機関銃を放り投げた。スコーピオン短機関銃が俺の足下に転がった。 「それ、VZ61スコーピオンです。あなたにあげます。レアものですよ。弾切れですけどね」 ブライアンは目を閉じて微笑した。笑顔が透き通っていた。俺は足下のスコーピオン短機関銃を蹴り跳ばした。スコーピオンは壁にぶち当たって跳ね返った。 ブライアンが目を開けた。目尻に涙が滲んでいた。 「あなたの古巣の銅謙組は壊滅したし、あなたの新しい居場所の松山会は松山会長と野田若頭を失って空中分解でしょう。あなたは行き場を失った。あなたは独りです。僕はもう仕事をやり遂げました。今回の仕事の報酬は弁護士を介して恵まれない子供たちに全額寄付する段取りになってます。僕は今、とっても幸せな気持ちでいっぱいなんですよ。何かをやり遂げるって、何て素晴らしいんだろう」 ブライアンは激しく咳き込んだ。口内から鮮血が噴出した。今ブライアンの生命の灯火は消えつつある。しかもブライアンは肝心の松山と金山を撃ち漏らしたという重大な失態に気づいていない。 「高無さん、僕を殺したいんならどうぞ。あなたが僕を殺そうと殺すまいと、どちらにせよ勝負は僕の勝ちです。今さら何がどうなろうと勝敗は揺るがない。さあ、どうぞ、思う存分やっちゃってくださいな」 俺は44マグナムM629の引き金に乗せた人差し指に力を加えた。撃鉄は少しずつ起き上がり、それにつれてレンコン型の弾倉はゆっくりと回り始めた。 「僕はあなたの手にかかって死にますが、あなたの心の中で永遠に生き続けます」 ブライアンは天を仰ぎ見た。 俺は引き金を引きかけていた人差し指の力を抜いた。半ば起き上がりつつあった撃鉄が、元の安全位置に倒れた。 「おまえなんかうんざりだ。俺が手を下すまでもない。ひとりで勝手に死んでくれ」 俺はブライアンから目を逸らさず、少しずつ後退りしながら部屋の扉を通り抜けて廊下へと踏み出した。
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