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背後から忍び寄る影があった。 「動くな。武器を捨てろ!」 背後の影が緊張感に満ちた声を張り上げた。男の声だった。 俺は振り向きながら跳躍し、後ろに立つ男の即頭部に44マグナムM629の銃把を叩きつけた。男は一撃で崩れ去った。 まだ若い制服警官だった。その風貌からみて交番巡査か。通報を受けた本部からの指令に従って、付近の交番から急ぎ駆けつけたのだろう。 若い警官は仰向けに倒れ、白眼を剥いている。俺は身を屈め、警官の脈拍を調べてみた。生きている。警官は気を失っているだけだ。俺は警官の身体を引きずって、死にかけたブライアンのいる部屋の中へ引き返した。 「また会いましたねえ、高無さん」 死にかけたブライアンなど脅威でもなんでもないから放っておく。それよりも俺が今やるべきことを優先する。警官の制服のポケットを手早く探った。警察手帳は難なく見つかった。指紋を残さないように慎重に開いて氏名と階級を確かめ、それをしっかりと記憶した。用の済んだ警察手帳は警官の制服に戻しておいた。制服のポケットから写真が一枚はみ出している。指紋をつけないように気をつけながら手に取ってみた。家族三人で写したスナップ写真だ。警官、そして妻と娘。娘は幼稚園ぐらいか。写真の中の三人は笑っていた。手を下ろすと、写真は蝶のように舞いながら床に落ちた。 44マグナムM629を警官の顔面に向けた。44マグナムの短銃身型の銃口から噴き出す発砲炎は凄まじい。至近距離で顔面を撃てば、撃たれた者の皮膚は炎に焼かれ、死に顔は二目と見られないものになる。弾丸が抜ける後頭部はバットで叩き割ったスイカのようにグシャグシャになる。 引き金を引け。俺が俺をけしかける。このまま引き金を引けばいい。俺はこいつに顔を見られている。こいつの口を塞ぎさえすれば、目撃者はいなくなる。目撃者さえいなければ俺はこのまま逃げられる。 写真で見たばかりの警官の家族の顔が瞼の裏に浮かんでは消えた。赤の他人だ。どうということはない。撃て。撃て。撃て。駄目だ。撃てない。俺には撃てない。 「撃たないんですか。意気地がないなあ。僕だったら、なんの躊躇いも無しに撃ち殺しちゃいますよ。警官なんて国家権力の手先ですよ。生きているだけでも恥ずかしい人間のクズでしょう。そんなゲス野郎の官憲なんかぶち殺してやればいいんですよ」 「うるさい黙れ。ゲス野郎はおまえだ」 ブライアンに44マグナムを向けた。 ブライアンが女の生首を持ち上げた。 「あたしを撃つの? いやん撃たないで。撃っちゃいやんいやんいやん」 腹話術の声。胸がムカムカする。 「やめろ。イカれ野郎」 「はい。やめます」 ブライアンは生首を彼自身の肩の上に置いた。生首とブライアンの顔が並んだ。もはや薄気味悪いのを通り越して虚ろでさえあった。俺はもうブライアンの奇行を目の当たりにしても何も感じない。
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