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44マグナムM629の撃鉄を起こした。撃鉄の動きに連動した弾倉が、時計の針の動きとは逆方向に六分の一回転した。 「僕ブライアンです。本名は穴山信雄。三十五歳。フランス外人部隊で傭兵やってました。渡り歩いた戦場は数知れず。そのほとんどはアフリカです。出身は東京都世田谷区……」 伸びたテープレコーダーを再生したような声だった。 引き金を引いた。44マグナム弾がブライアンの腹部を貫いた。瞬間、ブライアンは「ぐえっ」といううめき声を発した。カエルの鳴き声そっくりだった。 「痛えなあ、何すんだこの野郎!」 ブライアンはまるで彼らしくない汚い感じの言葉を発しながら、信じられない勢いで椅子の真上に飛び上がった。ブライアンはひどく狼狽えた様子で立ち尽くしながら、腹を押さえて咳き込んでいる。 「まだ喋ってる途中でしょうが。少しは撃つタイミングを考えてくださいよ!」 生首が飛んで来た。俺はそれを難なく避けた。生首は足下に転がった。 「ジャジャジャジャーン!」 ベートーベンの運命の旋律を口ずさみながら、ブライアンは懐からナイフを取り出した。如何にも切れ味が鋭そうな両刃のナイフだ。 来る――思うまもなく両刃のナイフが飛んで来た。条件反射的に俺は身構えた。だが、ブライアンが狙ったのは俺の身体ではなかった。両刃のナイフは若い女の生首の脳天に深々と突き刺さった。 「ストライク! バッターアウト!」 ブライアンがガッツポーズを決めた。同時にブライアンは苦しげに咳き込みながら激しく血を吐き出した。腹の中身を全部吐き出したかと思うぐらいの大量の血液だった。 ブライアンは死ぬ。ブライアンの余命は一秒だ。一秒の後、ブライアンは死ぬ。俺が手を下すのは無意味だ。しかし俺は無意味を承知で引き金を引いた。44マグナム弾がブライアンの身体をズタズタに引き裂いた。回転弾倉の弾丸が尽きるまで、俺は引き金を引き続けた。死のルーレットは回り続ける。ついに弾丸は尽きた。ブライアンは立ったまましばらくのあいだゆらゆらと揺れていたが、やがて椅子にドスンと沈み込んで、それきり少しも動かなくなった。 「夜明けまで、まだ間がありますね」 ブライアンの声が聞こえる。ブライアンはとっくに死んでいる。幻聴なのかも知れない。 「僕にとってこれはすべて夢なんです。朝になって目覚めたら、僕は本当の自分に戻れます」 ブライアンの声。確かにブライアンの声だった。だがブライアンはとっくに死んでいる。死人が語るはずもない。 誰かの視線を感じる。部屋の四方から見つめられている。百の目が俺を見つめている。 怖くなった。マグナムを握りしめる右手の指を一本一本引き剥がしてから、それを床に捨てた。ゴトリという重苦しい音が、足下から俺の脳天に向けて、電流となって伝わった。
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