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「うう……」 意識が戻ったのだろうか。気絶していたはずの警官が苦しげな唸り声をあげた。警官は仰向けに寝そべったまま、たんこぶ頭を持ち上げて、何度も繰り返し瞬きした。俺と警官は互いの間抜け顔を見合わせる形となった。 「あっ!」 警官は寝ぼけ眼を大きく見開いた。 「寝てろ!」 俺は間髪いれず、警官の顔面のど真ん中に、拳骨を思いきり叩きつけてやった。 警官は言葉もなく再び昏倒した。警官の口元に手をかざしてみると、しっかりと息をしている。気絶しているだけだ。俺は警官の手錠を失敬し、それを使って警官の両手の自由を奪った。警官の首からネクタイを外し、両足をきつく縛り上げた。念のため警官の腰のホルスターから拳銃を取り出した。最新型のスミス&ウェッソンM360Jサクラだった。脱落防止用の頑丈な紐で繋がれている。それを取り外すような時間的余裕はなかった。回転弾倉を開けてみると、38スペシャル弾が五発装填してあった。俺は弾丸を取り出して部屋の奥に向けて放り投げた。五発の弾丸はバラバラと音を立ててあちこちに散らばった。弾丸を失ってただの鉄の塊となった拳銃には水鉄砲ほどの価値もない。役立たずのそれを放り投げた。M360Jサクラは鈍い音を立てて警官の尻の辺りに転がった。 「うう……」 再び目覚めたのか、警官は鈍い唸り声をあげた。折れた鼻が痛むのか、顔をしかめている。今にもまた起き上がりそうだ。それにしても、なんてタフなやつなんだ。警官にしておくのがもったいないぐらいだ。 「おまえを――うう、逮捕――する」 警官の腕が動いた。しかし警官の両手は手錠によって自由を奪われている。足はネクタイで縛り上げられているから、芋虫のように蠢くのでいっぱいいっぱいだ。 「ううむむ」 警官は唸り続けている。また殴りつけてやろうかとも思うが、それはやめておく。 それよりも―― 落ち着け。落ち着け。気持ちを落ち着けなければならない。気持ちを落ち着けるんだ。深呼吸を繰り返してから部屋を出た。背後で警官がなにか叫んでいる。 「待て! 待て!」 待てと言われておとなしく待つような素直な野郎は初めからヤクザになんかならない。なに不自由なしにぬくぬくとあたたかい家庭で育った役人どもは、それがまるで分かっていない。 「待たねえよ。あばよ、ひまわりさん」 笑顔を残し、非常階段を駆け降りた。 背広姿の男たちが非常階段を駆け上がってくる。四人だ。顔は見えない。見ようとも思わない。刑事なのかホテル従業員なのか分からないが、いずれにしてもあの四人と今ここで鉢合わせするのだけは絶対に避けたい。 舌打ちしながら、廊下に逃れた。分厚い絨毯が敷き詰められた廊下を走り、反対側の非常階段を目指した。 非常階段を一段飛びで駆け降りた。一階へ辿り着いてみると、ロビーは宿泊客やら警官隊やらで溢れかえっていた。顔を俯かせて人混みに紛れながら廊下を進んだ。非常口を通って外に逃れた。ホテルの裏庭を走り、池を飛び越えた。駐車場にたどり着いてフィアット500に飛び乗った。エンジン始動。駐車場の表側は警察車両で塞がれている。ならば裏側だ。裏側からなら抜け出せる。飛び出した。アクセルを床につくぐらいベタ踏みする。限界まで加速。
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