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上田はいったん語るのをやめ、無言で俺を見つめていたが、やがて愁いに満ちた顔となって声を震わせた。 「おぼえてますか。以前、高無さんは俺を海に連れてってくれましたよね。あのとき俺は高無さんに家族のことを訊かれてこう答えました――東京に住んでたとき、事故で姉を亡くした――でも本当はそれは違うんですよ。姉は事故で死んだんじゃない。殺されたんです。あなたの従兄弟の九条浜定雄にね。姉は優しくて綺麗な人でした。姉はいつも俺を可愛がってくれました。九条浜定雄は俺の姉さんを殺してバラバラにして遺体を食ったんだ。九条浜定雄が逮捕されて死刑になってそれで終わったと思ったら大間違いなんですよ。あなたは九条浜財閥宗家の御曹司として、当然の報いを受けるべきなんです。それじゃあ高無さん、これでお別れです。さようなら」 ベレッタM9の真っ黒い洞窟のような銃口が迫る。だが、どうしたことかベレッタM9はいつまで経っても沈黙したままだった。 ひかりを失いつつあった俺の視力がほんの一瞬だけ回復した。上田は引き金を何度も繰り返し引いているが、なぜか弾丸は発射されない。上田は遊底を動かして不発弾を取り出し、再び引き金を引いたのだがやはり弾丸は発射されず、ベレッタM9は沈黙したままだった。 「くそっ、どうなってんだ。撃てない。この期に及んで弾が出ないなんてこんな馬鹿な話があってたまるか」 きっと上田のベレッタM9は内部のメカニズムに致命的な故障を抱えてしまったのだろう。撃針の先端が折れたのかも知れない。あり得ないトラブルだがそれが機械である以上は絶対にないとも言い切れない。上田の手にしたベレッタM9が、空しい金属音を発しながら銃口を上下に大きく揺らしている。 「上田さん、そろそろ引き上げないと!」 「上田さん、早くずらかりましょう。高無なら放っておいてもいずれ死にます。それより上田さん、サツにパクられたらマジでヤバいっすよ」 組員たちが一斉に声を上げて上田を急き立てている。唸りを上げた警察車両のサイレンが急速に接近しつつあった。 「分かってるよ。分かってるから狼狽えるなって」 上田はため息しながらベレッタM9の撃鉄を安全位置に倒し、苛立たしげにそれを懐の奥に仕舞い込んだ。 「高無さん。あなたの命があとどれぐらいもつのか俺には分かりませんが――まあ五分か十分か、せいぜいそれぐらいでしょうけどね――それまであなたの汚い命はあなたに預けておきますよ」 上田は握手を求めるかのように、右の手のひらを差しのべた。無論、俺はそれを無視した。手を払いのけてやりたかったが、そもそも俺はどう頑張っても動けない。身体が少しも言うことをきかない。上田はそんな俺を憐れむような目で見ながら、まるで軽蔑するかのように鼻で笑った。 「さらばです、高無さん」 上田たちは三台のドイツ車に分かれて乗り込み、軽やかなエンジン音とタイヤが小石とガラス片を踏み散らかす音を残して遠くへ去っていった。
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