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歳月は流れ、季節は一巡した。今、二〇一八年もあと一週間を残すばかりとなっていた。瀕死の重傷を負った俺の身体も、一年八ヶ月にも及ぶ長い歳月と外科医としてのワタナベの超絶的な腕前もあってすっかり回復していた。 俺がワタナベの闇診療所で床についている間に四代目銅謙組は解散。その人員の多くは松山会に編入されていた。だが、それをよしとしない連中は、上田が先頭に立って旗揚げした新しい組の一員となって松山会の対抗勢力となっていた。上田は今は亡き銅田謙吾親分の三女と入籍して自らの毛並みの良さを世間に示威していた。今や上田は銅謙組の後継者として申し分のない唯一無二の存在となっていた。しかしそれにしても気になるのは金山の安否だった。あの日、惨劇の場となったホテルから金山と共に逃れた松山は、すぐに金山と別れたのだという。以来、金山は行方不明となってその足取りはまるでつかめていない。さすがの松山もかつての兄弟分の金山を放っては置けなかったのだろう。探偵を雇ったり手下を動員したりと、最大限に手を尽くして金山を探したのだという。しかし松山は金山の行方をどうしてもつかめなかった。金山は忽然と消えた。あるいは金山は、銅謙組の後継者の地位を狙う上田によって邪魔な対抗馬と見なされ、密かに消されてしまったのかも知れない。 俺は今、上田が新しく立ち上げた〈正統銅謙上田会〉の事務所ビルの前に立って、その殺風景なコンクリート造りの六階建ての建物を見上げている。 俺はブライアン殺しの罪で指名手配されるのをどうにかまぬがれていた。機転を利かせた松山が警察に根回ししてくれたばかりでなく、しっかりと身代りまで立ててくれたのだ。俺の身代わりとなって警察に出頭したのは松山会の若手組員で飛鳥井という名の男だった。飛鳥井は莫大な借金を抱えて首が回らなくなっていたのだという。飛鳥井は借金のすべてをチャラにしてもらう条件で俺の罪を被り、警察に出頭した。飛鳥井の裁判はまだ続いているのだが、なんといっても被害者はあのブライアンだ。松山の話によれば飛鳥井は死刑を免れるのが確実という話だった。しかも上手くゆけば懲役八年程度に抑えられる見込みだという。 俺はブライアン殺しでは辛うじて懲役を免れた。だが、やはり監獄行きは避けられそうにない。なぜなら、これから俺は正統銅謙上田会会長の上田に俺たちの住む世界の法則というものを教え込んでやらねばならないからだ。 街はクリスマス色に染まっていた。忘年会の帰りらしい酔っ払ったサラリーマンの一群が馬鹿笑いしながら俺の脇を通りすぎていった。俺はギターケースを左手に提げて、正統銅謙上田会の灰色のビルを見上げている。もちろん俺はギターなど弾けないし、触れたこともない。ギターケースにはワタナベが用意してくれたM4A1カービンが収めてある。装弾数三十発の軍用全自動ライフル。この銃で至近距離から弾丸を雨霰と撃ち込まれたら誰であろうと絶対に生きてはいられない。 実は俺が襲撃されて瀕死の重傷を負った直後に、松山会は報復として正統銅謙上田会の組員をふたりほど殺害している。それで松山会としてのメンツは保てたのだが、そんな安っぽいヤクザ映画じみた結末は俺自身にとってなんの意味もなければなんの価値もない。なにしろ下っぱが何人死のうが生きようが、当の上田にしてみれば痛くもかゆくもないのだから。 俺は他人など介さずに、上田と正面から向き合いたかった。 松山は俺の決意に難色を顕にしたが、もしもどうしてもそれをやらずにいられないのであれば、今回も俺の身代りを立ててくれるとまで言った。涙が出るぐらいありがたい話だが、俺はそれを蹴った。蹴ったばかりか俺は自ら松山に破門を願い出た。松山と彼の一門に迷惑が及ぶのは避けたかった。なにしろこれから俺がやらかそうとしているのは俺自身の問題だ。俺自身の始末は俺自身が俺自身の手でつける。それが漢というもんだろう。 ――会長、あんたも漢なら、黙って俺を破門にしてくれ―― 松山は顔を伏せて、俺の言葉に重く頷いた。 そして俺は今、正統銅謙上田会の事務所ビル前の歩道に立っている。俺はただ無言で、灰色のビルを静かに見上げていた。
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