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― 神様、お願い。
― 死んでください。
神様は少しぎくりとした。どこにでもいる若い男にしか見えないが、彼は神様である。
雲のはるか上、天空にそびえる城の最上階をゆっくりと歩き回りながら、今しがた地上から耳に届いたこの一風変わった願いごとを、彼は噛みしめる。
ここ最近―といってもこの数百年の間だが―この手の願い事は決して少なくはなかった。全体から見た割合としては決して多くはないものの、根が善良である彼の耳には、そんな声がちいさなトゲのように引っかかって取れなかった。
― 神様、あなたがいるせいで、人は死ぬのです。あなたのせいで宗教なんてものがあり、殺し合いは止まないのです。
「そうだよね。僕もちょっと思ってたよ。」彼は誰にともなくつぶやく。
― 私の夫は、勤務先の学校から帰る夜道、イスラムの過激派に襲われてその場で殺されました。表現の自由についての授業で、ムハンマドの風刺画を紹介しただけなのです。彼は体を押さえつけられ、麻酔も何もなく、その場で首を切り落とされました。あなたには、彼の痛みが、私の痛みが、分かりますか。お願いです、あなたなんてもう、いなくなってください。
ああ、フランスのこの人か。最近起こったこの事件は、下界を眺める僕の目にも入ってきて、心が痛かったんだ。
これまで、こういった事件はいくつもいくつも起きてきた。そのたび僕も色々と考えてきたけれど、この人のいうとおり、そろそろ潮時かもしれないね。よし、その願い、聞き入れた。あなたの言うとおりにしよう。
「というわけで僕は死ぬことにしたので、天界ももうおしまいだから、そういうことでよろしくね」
突然の知らせに、パウロはうろたえる。
「そんな急に、いや、あなたの言う事なら反対はできないですが……。でも、どうやって?神様は不死身ですから、死ぬって言ったってそもそも死ねませんけど」
「だから、自殺にあたってはね、父上が大昔にお造りになった人間に変身して行うことにするよ。そうしたら物理的に死ねるし」
「なるほど……では最後に、人間たちに交じって、彼らの作った世界を間近に見られるのですね」
「うん、形は僕らそっくり、けど中身は欠陥だらけの人間たち……、彼らが僕たちのことを信じながら、ダメなりに一生懸命作り上げてきた世界を、最期にちょっと見てくるのは良いアイデアだと思うよ。僕もなんだかんだ言って人間のことは好きだしね」
神は長年連れ添った高弟に笑みを投げると、天空城にある自分のオフィスへ戻っていった。
オフィスに着くやいなや、彼は一本の電話をかける。ひとつ、解決すべき問題があったのだ。
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