Ⅰ 転機

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「――う、うぅん……わ、私はいったい……痛っっ…」  次に気がついた時には、爽やかに晴れ渡った青空が頭上に広がっていた。  湿った草叢の上から伏した体をもぞもぞと起き上がらせ、熱く焼けたような痛みを感じる右手のひらを見ると、握っていた〝神の眼差し〟が熱を帯び、それが焼印のような火傷を刻みつけている。 「これは……」  後に自然魔術や錬金術に造詣の深い学友に聞いた話なのだが、どうやらその火傷は私の体に入った雷が、金属製の神の眼差しを通して体外へ放出された際にできたものらしい。  そう……私は雷に撃たれたのである。  にも関わらず助かったのは、その〝神の眼差し〟による放電のおかげだと学友は言っていた。  しかし、本当にそんなことだけで落雷して助かるものだろうか? いや、それが直接の原因だったのだとしても、その原因を作ったのは他ならぬ〝神の眼差し〟である。  私には、こうして助かったことが大いなる神の意志によるものであるとしかどうしても思えなかった。  強烈な天の雷撃を自由自在に操る一方、普通ならば死んでいてもおかしくない私の命をいとも簡単に救い賜うた偉大なる神の力……私は、感謝の念を抱く以上に、その絶対的な力を前にむしろ恐怖した。  私のこの例を見ても明らかなように、人の運命は自らの力ではどうにもならない大いなる意志により――即ち、神の御心によって定められているということを確信したのだ。  人は、抗えぬ欲情や邪心に突き動かされ、日々、悪行を為して生きている……神の御心に背き、そのようにして罪深き人生を続けていては、人間のようなちっぽけな存在、いつ神罰を以って地獄へ突き落とされてもおかしくはない。  神の怒りを買わぬよう、人はその御心に即し、義の人として生きねばならぬ……この神秘的な体験…否、最早、奇蹟としか呼べない出来事は、私の人生観を一変させた。  私は寄宿舎へ帰ると即座に退学届を出し、その足でアールフォートの街にあったオーギャスティノス修道会の修道院へと向かった。  神の御心に従って生きるため、欲にまみれた世俗の暮らしを捨てて修道士となる決意を固めたのだ。  当然、法律家になるものと思っていた父は猛反対さしたが、最早、修道会の門を叩いた後だったので、まさに後の祭りである。  私は半ば家出するような形で、こうして信仰に生きる暮らしを始めたのであった。
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