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町の隅に寂れた小さな祠がある。ここは私の神域だ。
おぼろげだが、かつて私はそれなりの神力を持ちとして人々に祀られていた神だった。
しかし、時が過ぎるごとに忘れ去られ祠も端へ端へと追いやられ今ではこの有様だ。
この祠も修繕も何十年もされておらず、壊れかけだ。
忘れ去られた神は消え去る定め、もう自分が何を司る神だったのかすら分からない。
もう長くは持たないだろう祠も私も。
人よ。なぜ、信仰を。私を捨てたのだ。
私は失意の中、ひっそりと存在ごと消えてしまうはずだった。
そんな時だった。私が少女と出会ったのは。
「こんな所に祠なんてあったんだ。でも何だか寂しいな」
年は十歳位だろう。彼女は赤い風呂敷に似たものを背負い、黄色い帽子を被っていた。辺りは、もう日が暮れかけているところを見ると帰路の途中だったのだろう。
彼女は暫く首を傾げ何やら考えていたが、にこっと笑顔を覗かしてつぶやいた。
「やっぱり、祠は綺麗じゃなくちゃ。」
彼女は風呂敷モドキを地面に降ろし中から布を出して、何十年も誰も触って来無かった祠を拭き始めたのだ。正直、汚くて触りたくもないはずなのに。
そう言えば、祠が出来たばかり頃は私の祠の掃除をしてくれた人々もいたものだ。
まぁ、この少女もすぐに飽きてしまうだろうが、もしそうではないとしたら……
彼女はあの一軒以来、毎日の様に私の神域に訪れるようになった。
それに伴い神力は僅かながらも回復し始めた。おそらく少女お蔭だろう。
今日も私の為に精力的に動いてくれている。しかし、最近では変わったことも見受けられるようになった。
「今日はね。妹が学校で作ったお菓子をおすそ分けしてくれたの。後で神様にもあげるね」
彼女は手際よく布で祠を拭きながら、頬を緩めている。よほど、嬉しい出来事だったのだろう。
このように彼女は修繕をしてくれているのだが、その度に学校と言う学び舎での出来事を話すようになったのだ。彼女の話は学び舎での他愛もないことばかりだったが、彼女以外の話し相手が居ない私には全てが真新しく楽しいものだった。無論、彼女にとっては一人ごとなのは分かっている。私がそう感じただけだ。
遂にこの日が来た。祠の修繕が終わったのだ。
少女も最初に比べ、身長が見違えるように伸び、可憐なよりも美しいと言えるようになった。
「長らく待たせてしまいましたが、やり切りましたよ。神様」
また、祠がきちんと整理されたお蔭か、最近は少女以外でも立ち止まってお供え物を置くものも現れ始めたのだ。
彼女には本当に感謝の言葉しか出てこない。彼女が居なければとっくのとうに消滅していただろう。
今では祠が直ったお蔭で権能は分からずじまいだが、神力の大半は戻ってきたようだ。あと少しで自分が何の神だったのか分かる気がする。
彼女が私の祠を直してからぱったりと来なくなった。一体、どこにいるのだろうか。
まだ、恩を返せていないのに。せめて権能が使えれば。
一カ月が過ぎようとした頃、祠に一人の少女が現れた。
「ここはお姉ちゃんがずっと通っていた祠なのかな」
何処となく彼女の面影を持つ少女は重い面持ちで膝を着き、口を開いた。
「もし本当にここに神様がいるなら、お姉ちゃんを助けて。お願い。私の全てを捧げるから」
それは魂の慟哭だった。おそらく、彼女は私の事など信じてなかったのだろう。それでも、藁に縋る思いでここに来たはずだ。
何より『助けて』が私の中でカッチリと嵌まった。
この瞬間。私は、私を取り戻した。私の名はワタルノミコト。思いに応じて災いを滅するものなり。信者、一人救えずして何が神だ。
少女の涙から滲み出るように彼女が横たわっている映像が流れ込んでくる。
いた。そこにいるのか。一目見ただけで彼女の命の灯が尽きかけていることがわかった。
彼女の存在が点滅しているのだ。まるで、彼女に祠を見つけて貰うまでの私の様に。
「既に対価は受け取ってある。その願い叶えよう」
彼女に拾われた命を返す為に。
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