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雨とコーヒー
「げ……雨かよ……」
会社を出たとたんポツポツと降り始めた。天気予報では晴れの予報で傘など持っておらず、置き傘を借りようとその場で踵を返した。
「ねぇ!」
「っげ」
声のする方を振り返ると車から顔を出した間宮が手招きをしていた。
「なに?」
「送ろうか」
「いい」
せっかくの申し出でが俺は速攻で断った。
「つれない事言わずにさ、ね?乗りなよ」
爽やかな笑顔を振りまいた間宮が半ば強引に誘ってくる。出来るだけコイツと2人きりになる事は避けたいのだが、カバンには持ち帰りの大事な資料やらパソコンが入ってる。もし雨に濡れてダメにしても困るのは自分だからと渋々間宮の申し出を受け入れる。
「……どこまで行けばいいかな、家?」
「俺ん家の最寄り駅でいい。買い物したいし」
嘘だ。買い物などない。間宮を家の近くまで来させるのが嫌で適当に場所を選んだ。
何度か間宮の家に招かれたことがあるが、コイツの家は本当に俺と同じ給料を貰っているのかと思うほど良い立地の広めの家だ。そんな所に住んでるこいつに自分の家を知られたら何を言われるか。新築だし、それなりに間取りもいい所だが間宮の家に比べたら狭いしみすぼらし。
「なぁ、車の維持費どんくらい?」
「んー、それなりかな。僕、車好きだし、普通の人よりはお金かけてるかな。なんで?車欲しいの?」
「いや、そういうんじゃないけど、気になったから」
何コイツ、家もいい所で車にも金かけてれ、さては金持ちなのか?同期でライバルのこいつの方がいい暮らししてんのか?そう思ったら何となく腹が立った。
「貯金とかできねぇんだろうな」
「そうだね……少しずつはしてるけど、何気になる?」
運転をしながらニヤニヤからかうように笑う間宮。それでも絵になるのはコイツの顔面偏差値が激高だからだろう。そんな男が運転上手くて、スマートに色々こなす……モテないわけが無い。いやいや、何考えてるんだ俺は!とブンブンと頭を振る。そんな様子をみて間宮はまた笑う。
* * *
「那須、着いたよ」
「……ん」
どうやらいつの間にか寝てしまっていたらしい。昨夜残業して睡眠時間が少なかったのと静かな運転に安堵したせいだろう。
「サンキュ……ってここ!」
「うん、那須の家」
「どうして場所!?俺教えてない……っ」
「前に住所聞いたことあったし、僕記憶力いい方なんだよね」
見られたくなかった……しかも、ここまで送ってこられたならタダで帰す訳にも行かない……なんで俺は寝てしまったんだ!!何となく悔しくて、俺の口からは自然と「コーヒーでも飲むか?」そう誘っていた。
「じゃぁ、ご馳走になろうかな」
近くに車を停めておける場所がないため近くのコインパーキングに車を停めさせた。
「適当に座ってろ」
ジャケットを脱いでソファにかけ、ネクタイを解いてからすぐさまキッチンへと向かう。俺はコーヒーには多少こだわりがあって、自分で豆を挽くところからやる。
「へ〜那須コーヒー好きなの?」
間宮が興味深そうに覗き込む。
「割とな」
「座ってろって。見られてんのは落ち着かねぇ」
このコーヒー豆を挽いている時間がなんとも落ち着いて好きなのだ。それを邪魔されるのはゴメンだと間宮をソファへと追いやる。
「ほらよ」
「ありがとう」
淹れたてのコーヒーを手渡すとまずその香りを楽しむ間宮。普通の安物のマグカップなのにどうしてコイツがもつと高価なものに見えるんだ、全くもって意味わからんと思いながら俺は間宮の前に座る。
「うん、いい香り。いただきます」
ブラックコーヒーを優雅に啜る姿が絵になっていてなんとなく悔しい。
「あ、美味しい。深みがあって、苦味がえぐく無くて飲みやすいね」
「だろ。豆にはちっとこだわってんだよ」
客人が口にしたのを確認してから自分もコーヒーを啜った。口の中に一気に広がる香りが堪らない。我ながらナイスな淹れ方だ。
特に最初は会話なく過ごしていたがいつの間にか仕事の話になり、その後互いの趣味の話をしたりして時間はあっという間に過ぎていった。こんなに間宮と話をしたのは初めてだろう。いつもいけすかねぇ奴だと思っていたが今日は何だか会話に楽しさを覚えた。そんな時、俺の腹の虫が鳴き声を上げた。
「話し込みすぎちゃったね」
「そうだな。あ、お前も腹減ってる?なんか取るから食ってけよ」
「うん、それじゃぁご馳走になろうかな」
食べたいものを適当に選んでいくつか候補を間宮に見せる。間宮はその中から蕎麦とカツ丼のセットを選んだ。
「お前もこういうの食うんだな」
「そりゃぁ食べるよ。なんならこれにカレーうどんつけてもいいくらい」
勝手にイタリアンとかフレンチとかばかり食ってるイメージがあったが、割と庶民的……というか大食らい?今まで知らなかったことが今日知れて間宮との距離が少し縮んだ気がした。
「そんな食うのに体引き締まってるとかなに、狡でもしてんの?」
なんも考えずにそんな発言をしてしまい後からハッとした。
「あ、いや変な意味じゃなくてな!?」
焦って訂正しようと色々言葉を並べていると間宮は笑った。
「ジムも行ってるからね。でも那須が僕の身体に興味あるなんて嬉しいな」
「だから違ぇって!!っておい、メシ!!メシ頼むから!!」
メニュー選びのため横に座っていたのが仇となりその場に押し倒されてしまう。
「美味しいご飯食べるためにもうひと運動しちゃおうか……」
「な、何エロおやじみたいな事いってっ……おい、やめっ……んむっ」
抵抗しようとしたら口を塞がれてしまう。唇を噤んでいると舌先でなぞられ背筋が震えた。力が抜け隙間ができたところにすかさずぬろっと舌を割り込んでくる。そんな気が無かった筈なのに幾度となく間宮に触れられた身体は自然と反応してしまう。
間宮も何となく熱を孕んだ目で俺を見てて、そのまま雰囲気に流されてしまいそうになるのを必死で抵抗する。だが間宮の方が一枚上手で、あっけなく丸め込まれてしまう。
* * *
「このーー鬼畜っ、エロ魔人っ」
抜かずに二回、俺に至っては何度もイカされ足腰立たない状態だ。
「那須がなんか可愛くて止まらなかったんだよね」
「アホか!腹減ってるって言ったのによ……」
自分が流された事は棚に上げ、間宮を責めたてる。
「ごめんね?お詫びに、何か買ってくるから那須はゆっくり休んでて」
ニコニコと間宮は満足そうに笑いながら服を羽織る。
「なら、ビールも買ってこい」
「はいはい」
適当に食いたいものを間宮に伝える。間宮は分かったと返事をして買い出しに出かけた。
俺はとりあえずシャワーを浴びるため立ち上がろうとしたが腰に力が入らずヘロヘロと座り込んでしまう。
「くそ……次は俺がアイツをヘロヘロにしてやるっ」
やられてばかりは性にあわないとリベンジを誓った。
【終】
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