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命には期限がある。
「神様、お願いします。どうかどうか、一日でも長く生きられますように」
これは、病室のベッドの上でお祈りしている私の日課の言葉だ。
私は生まれつきの心臓の病気にかかっていて、お医者様から二十歳まで生きられないだろうと言われている。物心ついた時からずっと病院にいるけれど、両親も欠かさずお見舞いに来てくれるし、大部屋で過ごしていて常に誰かがいるお陰で寂しくはない。
ただ、後から入ってきた子達はすぐに病気や怪我が完治していなくなってしまうから、そういった時だけは少しだけ寂しい。
そんな風にぼんやりと過ごしていると、ある時、同じ病室に男の子が入院する事になった。
その子はとても塞ぎ込んでいて、時折来る彼のクラスメイトやご両親が話しかけても頭から布団を被って拒絶を表していた。そうしているうちに、次第に男の子のお見舞いは減っていき、ご両親すら滅多に来なくなってしまっていた。
自分の為に来てくれた人達を、この子はどうして無下にするんだろう。この子はきっと私と年が近い。同年代の子がお見舞いに来てくれたという事は、学校に通えたという事だ。うらやましかった。私は通う事すら出来なかったのに。
そういった嫉妬じみた思いがあったから、私は彼に話しかけて見ることにした。
「ねえ。君は学校に通えるくらい元気だったんでしょ? どうしてご両親やお友達を無視するの」
「…………」
男の子は無視を決め込んでいるのか一切反応をみせない。
「そうやって同情を引きたいんでしょ? ずるいし馬鹿だと思う」
「…………うるせえ」
わざと嫌な事を言うと、男の子は苛ついたように声をあげた。布団から顔半分だけを出して、こちらをジロリと睨んでいる。案外カッコいい顔をしているけれど、性格の悪さでマイナス100ポイントだ。
「ちやほやされてるから人の好意に気づけないんだ。可哀想」
「……お前なんか、友達もいないくせに」
「…………っ! しょうがないじゃない。ここから出た事がないんだから」
「え…………?」
男の子は驚いたように目を見開くと布団の中から飛び出てきた。まるで自分以外にも苦しんでいる人間を見つけたみたいに。声をかけなければよかった。大抵こう言うと、同じ病室にいた子達は私の事を『可哀想』というから。
「私、生まれつき心臓の病気でここから出られないの。二十歳まで生きられないんだって」
「……俺も」
「え……?」
「俺も、おんなじだ。だから入院する事になった」
聞けば、彼——戸松蒼も私とおんなじ病気らしい。ただ蒼の方は私とは違い、今まで健康に生きてきたからこそ、ある日突然、全てが奪われたみたいに感じて殻に閉じこもっていたのだろう。そう思うと、先程のいやな態度をなかった事にしてあげてもいいと思った。
それからは、私と蒼はお互いについて話しをした。蒼はつい最近まで通っていた学校での事を。私はこの病院で体験した出来事を。
長く病院生活をしていると、心霊現象みたいな事も体験する事がある。知らない子に話しかけられて、それが実はずっと昔に亡くなった子だったとか。そんな話をすると蒼は決まって絶叫するから面白い。
反対に蒼の方はと言うと、私が興味を惹きそうな学校での体験談を面白おかしく話すから、気になる反面羨ましすぎて発狂するかと思った。わかっていてその手の話ばかり選ぶから、蒼はやっぱり性格が悪い。そう言うと、心霊現象ばっかり話す私の方が性格が悪いと蒼は言ってくるので何も言い返せなくなる。
「神様、お願いします。どうかどうか、一日でも長く生きられますように」
ある日の朝、私がお祈りをしていると、いつもは寝ている蒼が今日に限って起きていたらしく、興味津々に話しかけてきた。
「なあ、それ、いつもやってるのか?」
「うん。おまじないなの。私、誰よりも長く生きたいから」
「そっか。ならさ。俺もやってみていいか? もし、本当に叶うんなら……俺も長生きしたい」
「うん。良いよ! 一緒にやろう」
「! ……ああ!」
蒼は嬉しそうに、にかっと笑うと、見様見真似で私とおんなじふうに胸の前で腕を組みだして、私の声に自分の声を重ねる。
「神様、お願いします。どうかどうか、一日でも長く生きられますように」
二人してそう言うと、なんだか気恥ずかしくてお互い照れたように笑ってしまった。
私は神様はいると思っている。何故かって? それは——
「ゆめ!」
私を呼ぶ声が聞こえて振り返る。そこにはあの頃よりも逞しく育った蒼の姿があった。今日は彼と結婚式場の下見に来ている。
ずっと願い続けていたからか、私と蒼の病気に効く特効薬が開発され、お陰で私達は無事に二十歳を越える事が出来た。来年には私と蒼は結婚する予定だ。
きっと神様が願いを叶えてくれたに違いない。私はあの頃からずっとそう思っている。
——神様、神様。彼と末長く幸せに暮らせますように。
新しい願いを、どうか叶えて下さいますよう。
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