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俺は元窃盗団の少年達に引き続き採掘する様に指示し、少女達はアイリスに連れて行く事にした。
エメラルドの加工技術を学ばせるのと、ミュートルアクセの生産を行わせる為だ。
まずはベン夫妻の家に行き、奥さんにデザイン画を渡して、試作品を作成してもらう様にお願いした。
その後マリンの所の爺さん、名をドミニクと言うらしいが、そこを尋ねて、持ってきていたエメラルド原石を渡した。
「コイツらに、加工技術を教えてあげて下さい」
俺はベン夫妻とドミニク、そして元窃盗団の奴らに、半月分の報酬を前払いした。実際に利益を手にする事でヤル気を出させる為だ。
しかし、エミリオからいくらか金を貸して貰ったとはいえ、今後も彼らに報酬を払い続けるには心元ない。本格的にビジネスを始める為には、必ず投資が発生するのだ。
事業計画が具体化したところで、俺が次にしなければならない事。それはスポンサーを探す事だった。
新たに起業しようとする際、現代日本において最も障害となるこの行程。超保守主義と言える日本の金融機関は、事業実績に何より重きを置いており、新規事業への融資枠は極めて少ないのだ。信じられないかもしれないが「事業内容が素晴らしい」というのは、金融機関の融資決済の判定要素にはまずなり得ない。彼らが要素とするのは、予算書の精度だ。そしてこれを見極めるのに用いられるのは、同業他社の実績値との比較である。これがどういう事を引き起こすかと言うと、 " 革新的なアイディアであればある程、同種の事業が無いため融資がおりない " という事実である。
では新規事業者はどうすれば良いのか?その為に日本政策金融公庫という機関が設けられ、新規事業者の多くがお世話になる。しかしその融資額の上限は、事業内容にもよるが300万円程度が積の山。それ以上金がかかる場合、諦めざるを得ないケースが多いのだ。
最近はクラウドファンディングという言葉も、だいぶ一般的になってきている。しかし今の日本の主流は、ネットで小口の投資を募り、商品の後日配送が配当となる、実質的には " 予約販売 " の意味合いの強いものが多い。言わば、本来の投資というよりは、ただの広告の側面が強いのだ。以上の事から、現代日本は極めて「新規ビジネスに優しくない国」であると言えるであろう。話は逸れたが。
俺がコンサルティング会社を選んだのも、これが理由の一つだ。コンサルなら、アイディアのみを売り、事業運営は依頼者に委ねられるので、資金調達や人事労務など煩わしい問題は皆無。優れたアイディアマンが必ずしも優れた運営者であるとは限らないのである。それに、俺は飽きっぽいので、一つの事業を根気よく行なっていくのは性に合わないしな。
俺はベン爺さんに、この辺りの主要な商人を紹介してもらう事にした。元々店舗経営を行っていたベンだ。一応、ネットワークの様なものがあるらしい。
このアイリスの街で最も大きい商人はグロワー家というらしい。元々、宿屋や飲食店、小売店など手広く経営していた大商人だが、街が錆びれるにつれて年々業績が悪化、今ではかなり傾いているらしい。そりゃ、そうだよな。
俺はベン爺さんと共に、グロワー家の屋敷の中に通して貰った。古びてはいるが、広くて立派な屋敷だ。おそらく建設当時はかなり金を掛けたに違いない。過去の栄華の片鱗を感じつつ、出されたお茶をすすっていると、しばらくの後50代くらいかな?黒い髪と髭を蓄えた紳士が現れた。
「ようこそ。今日は商談だとか?
私はクリス・グロワーだ。よろしく」
そう差し出された手を握る。身なりは整えてはいるものの、元々上質と思われるクリス氏のスーツは、間近で見ると少しくたびれている。やはりかなり生活が苦しいのではないかと思われた。
「ユート・キリタニです。宜しくお願いします」
俺は早速、クリス氏に事業の概要を説明した。そしてここ数日、寝る間も惜しんで作成した予算書を説明する。傾きかけとは言え商人というのであれば、数字で説明するのが1番だ。
クリス氏はやはり腐っても商人、俺の説明を真剣に聞いてくれた。
「この予算書は、私の個人資金で雇った従業員で生産可能と思われる数量を前提に作成しています。しかし私は、今後はこの事業を、このアイリスの街全体で取り組める産業として成長させたい。それには、もっと元手が必要です。
そこで、クリス様には、お金を投資して頂きたいのです。投資額に応じて、利益の何分かを配当としてお渡し致します。
まずは少額を投資して頂き、当初生産分を私が売り切ったら、本格的に投資をお考え頂けませんでしょうか」
考え込むクリス氏を前に、俺は熱を込めてダメ押しした。
「この事業をきっかけに街が活気づけば、結果的にグロワー家の経営している事業も、相乗効果で儲かる筈です。このまま何もしなければ、街も人も死んでしまいます。そうなる前に、再起をかけるんです。
どうぞ、お力添えを・・」
沈黙していたクリス氏は遂に口を開いた。
「素晴らしい計画とお見受けする。しかし、残念ながら・・この家には、既に投資をする様な余裕は無いのだ。恥ずかしながら、我々も日々、食うに困るような体たらく。申し訳ない・・」
その言葉に俺は落胆した。既にそこまで、状況が悪いとは・・
言葉を失う俺を横目に、クリス氏は使用人に声をかけると、しばらくして1人の少年が部屋に入ってきた。
「これは私の倅のシオンといいます。お詫びと言っては何ですが、倅の修行を兼ねて、貴殿の計画をお手伝いさせて頂きたい。
それから、ここイーラスの領主、ジオコルタ侯爵家をご紹介させて頂く。このアイリスで、今資金投資出来るとすれば、侯爵家以外には無いでしょう」
「なんと、人手不足の為有難いですが、よろしいので?」
驚く俺に、シオン少年は一礼した。
「シオンと申します。どうぞ宜しくお願い致します」
クリス氏とは違う、金に近い栗色の髪の、線の細い少年。歳はエダと同じくらいか、なかなかの整った顔立ちだ。髪や顔立ちは母親譲りなのかな?
「どうぞ宜しく。俺と一緒にこの事業を成功させて、このアイリスを蘇らせよう!」
シオンが元気よく声をあげた。
「はい!お師匠さま!」
・・・師匠?
うーん。呼び方は考えないとな・・
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