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 それから毎日、アイリーン嬢は馬車で御出勤されている。最初、あのお付きのオバさんが一緒に馬車から降りたので嫌な予感がしたが、それをアイリーンが一喝した。 「あなたは戻っていなさい。私は労働に来たのです。労働するのにお付きを伴うなど、聞いたことがあって?」  最初食い下がっていたオバさんだが、アイリーンが態度を変えなかったのでしぶしぶ引き下がった。やはり彼女の取り扱いに戸惑う俺に向けてアイリーンは 「特別扱いは無用です。なんなりとお申し付けください。あと、どうぞアイリーンとお呼び下さいませ」  と言ったので、俺はその聡明さに感心していた。侯爵令嬢って、かなりの身分だろ?それを庶民の労働者に混じって働こうなど、なかなか出来る事ではない。成る程アイリーンは、現場感覚を大切にしている・・行動力に溢れ、自分の領地の行末を本気で憂いる現実感と良識もある。俺はアイリーンに経営者としての器量を見出していた。  一概に社長と言っても、ピンキリだ。というより、ピンは稀だと言えるだろう。  社長とは、会社と従業員の為に身を切らねばならないもの。そもそもその覚悟も無いのに会社を立ち上げている救いのない奴らの何と多い事か。例えば俺が最も許せないのは、会社の経営が芳しく無いにも関わらず役員報酬を下げない奴。  給与が労働の対価であるのに対し、役員報酬とは成功報酬の性質を有する。つまり極端な話、従業員が労働に応じて給与が発生するのと異なり、役員はどんなに従事しようとも業績が悪ければ報酬は発生しないのが本来の筋だ。役員とは会社の進む方向性や戦略、円滑な運営に尽力するもの、それらが上手くいって業務が良ければ、その分報酬も釣り上がる。それを、業績が悪いのにも関わらず、従業員への給与を差し置いて自らの報酬を確保するなど、経営者たる資格無しと俺は常々思っている。まずは、何があっても従業員への給与支給を全うする。彼らの雇用主である限り、自分のことは二の次でなくてはならないのだ。  従業員側も勘違いしてはいけない。社長はたいして働いていないのに高額な報酬を貰っていると文句を言う輩もよくいるが、役員達は今述べた様なリスクを抱えている。業績の良い時は報酬も多いが、下向きとなれば無報酬もあり得るのだ。また仕事内容もマネジメントが中心だ。誰でも出来るような労働に社長自ら参加されてもむしろ困るのだが、それを仕事をしていないなどと、勘違いしている輩のなんと多い事か。  俺は経営者としての資格を見出せない人物からのコンサルティング依頼は基本的に断っている。一時手を入れたとしても、将来はたかが知れているからだ。  しかし、アイリーンは領民のため身を切る精神を持ち合わせている。上に立つ者としての器を持っているのだと俺は感じていた。 「少し休憩しませんか」  俺はアイリーンにそう声をかけた。俺達2人は外の空気を吸いに少し散歩に出た。 「どうです?実際の労働現場は」 「ええ、知らないことばかりですし、同じくらいの歳の女の子が多いので、割と楽しいですわ」 「貴方は特別扱いは不要と言いましたね。俺は女性相手でも、本当に厳しくしますよ。ついてこれますか?」  そう言った俺の言葉に、アイリーンは笑顔を見せた。 「覚悟のうえです。わたくしは、ずっと今のイーラスの現状をなんとかしなければと思ってきました。でも想いはあれど、どうしたらいいのか全くわからなくて・・。ユート様のお話を伺ったとき、わたくしには未来が開けた様な気がしたのです。この現状を変えてくれるのではないか、そんな気がして・・」  そう言って視線を落としたアイリーンに、俺は言った。 「貴方には、人の上に立つ器量があると俺は思っています。貴方の聡明さと、何よりイーラスを救いたいと思うその心があれば、きっと上手くいくと俺は信じてる。俺が貴方を助けます。俺が必ず、貴方とイーラスの人々を幸せにしてみせる。だから俺を信じて、ついてきて下さい」  その俺の言葉に、アイリーンの顔が見るからに赤くなった。俺の方に向けていた視線を、恥ずかしそうに再び膝に落とす。  ・・・あれ?  そういえば幸せにするからついて来いって、プロポーズみたいにもとれるな? 「あ、いや、ついて来いって、そういう意味じゃなくてですね、仕事のことで・・」  そう焦って弁明する俺。 「わ、分かってます。ありがとうございます、ユート様・・」  彼女は頬を赤らめながらも、俺に視線を合わせて笑いかけた。そのちょっと照れながらの上目遣いが、正直カワイイ!俺もちょっぴりドキドキしながら、照れた笑いを返した。  こんな若い子にデレデレして、気持ち悪いオジサンだな俺・・。  今日はミュートルアクセサリーの試作品が出来上がったので、アイリーンが試着をしている。  髪飾りには細かい宝石を散りばめ、元々輝くミュートルをより光り輝かせて華やかだ。ネックレスには加工を終えたおおぶりのエメラルドをあしらい、豪華に仕上げた。その他、ロゼッタのデザイン通り、何点かのラインナップが仕上がって、順番に試着してはエダがイメージと違う部分を指摘し、微調整がなされていく。  もともと美人で、普段着用の簡素なものとはいえドレスを身に纏っているアイリーンだ。アクセサリーを身につけると、周りにいた少女達から感嘆の声が漏れる。確かに俺の目から見ても、良い出来なのではと思われた。 「アイリーン、綺麗だな。よく似合ってる」  俺が上機嫌でそう言うと、隣でエダが呟いた。 「あたしも髪伸ばそうかな・・」  嫌な予感がしてエダの方を向くと、やはりエダが俺の方を恨めしげに見つめていた。う・・ 「いや、ショートカットも、いいと思うぞ」 「ユートはどっちが好き?」 「いや・・似合ってれば、どっちでもって感じかな〜」 「ふーん」    そんな俺達のやり取りを、遠巻きにアイリーンが見つめていた事など、俺は気づきもしなかった訳で・・
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