プロモーションにはお金をかけよう

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プロモーションにはお金をかけよう

 俺はエダ、アイリーン、シオンを伴って、再び王都にやって来た。今回の目的は、マーケティングの中の、プロモーション、要は宣伝の為。あと、販売店舗の開業準備の為だ。  俺は出来上がった試作品を手にしていた。ロゼッタの分だけでは無い。多少デザインを変えたり宝石無しにしたりして、複数の女性に献上するのだ。  最初、アイリーンもシオンも、エダと同じくタダで差し上げるという事に驚いた様だった。俺は2人に説明した。 「これは俺の育った国ではステルスマーケティングと言って、要は流行を自ら作り出す手法だ。いいか、街の女性が憧れている女性達が揃ってミュートルを身につけ始めたら、おのずと注目を集める。そのうち街の女性達はこぞってミュートルを買い求める様になる。つまり、街の女性達にミュートルがお洒落なアクセサリーだと思わせる為に、無償で献上して彼女達に身につけて貰うのさ」  アイリーンもシオンも家の再興がかかっている。真剣に俺の話を聞いていた。なかなか教えがいのある生徒達だ。  かくいう俺は、帽子に眼鏡と、軽い変装をしている。エミリオにあまり堂々と王都を彷徨くなって、言われてるからな。  俺達は先ずはロゼッタ嬢のところを訪ねた。出来上がった品を見てもらうと、ロゼッタはかなり喜んでくれた。 「まぁ、とっても素敵な仕上がりね♡早速明日のパーティーの際に着けさせて頂くわ」  俺は今日も超絶色っぽいロゼッタの胸元を盗み見ながらも、アイリーンとシオンを紹介した。 「今後もロゼッタ様のデザインを参考にさせて頂きたいので、ご要望は何なりと。お呼び頂ければこれらの者がすぐに参上致しますので」  そう話をしていると、部屋に執事風の出立ちの男性に伴われ、スーツ姿の1人の紳士がやってきた。その紳士が目深に被った帽子をとると、露わになったのは美しい銀髪と、紫水晶(アメジスト)の様な神秘的な瞳・・。  エストニア王国の騎士団長、エミリオであった。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 「悪かったな、わざわざ呼び出して」  エミリオがここに来たのは、俺が呼んだ為だ。ロゼッタに頼んで、連絡をとってもらったのである。エミリオは気を悪くした様子も無く、その美貌にからかう様な微笑を浮かべる。 「構わんが。また金の無心か?僕を破産させるつもりだろ」 「違うって、逆!返そうと思ってんの!」  俺はムキになりながら、借りていた金をエミリオに突き返した。そして加えて献上用の商品を預け、これらをエミリオから影響力のある御令嬢達に渡して貰うようにお願いをした。エミリオは嫌な顔一つせず、快く引き受けてくれた。  てゆうか、コイツ、スーツ姿もかっこいいな。紫がかった瞳には吸い込まれるような引力があり、視線を捉えて離さない。中性的なその美貌が妙な色気を感じさせる、まさに老若男女が見惚れる美丈夫だ。軍服じゃないのは、目立たない様にかな?  あれからコイツの立ち位置もだいぶ理解した。エミリオはこの王都では名門の代々軍務を担う大貴族出身で、歴代最年少の騎士団長なんだそうな。  3年程前、エストニアは隣国マルスの侵攻を受けた。国境の要塞の絶体絶命の危機に、王都から援軍を指揮して戦局を覆したのがこの男なのだ。  なんでも、エミリオは自身の親衛隊を連れて軍から離脱すると、"ギャザ一族"と呼ばれる残虐で恐ろしい部族が根城とする不可侵の山に入った。誰もがこの山を越えるのは不可能と考える中、エミリオは何故か無事に山を越えてマルス領に到達する。そこでエミリオは、マルス軍の後方に位置していた補給隊を襲って食糧を奪うと、それをギャザ一族に礼として与えたのだという。してやられたマルス軍は激怒し、すぐさま兵を差し向けた。しかしエミリオは追って来たマルス軍の将軍を逆に討ち取ると、まんまとエストニア領に逃げおおせたのだと言うのだ。  食糧を失ったマルス軍は、侵攻を断念し撤退した。この一件の顛末は、騎士団内に留まらず "英雄エミリオとギャザの王" と言う叙事詩として瞬く間に民衆に広まって、エミリオ人気に火がついた。こうして、身分と実力を兼ね備える、完全無欠の最年少騎士団長が誕生したという訳だ。その美貌も相まって、それはもうこのエストニアではカリスマ的な存在なのだそうだ。  思っていたよりも凄い人物らしい。しかしエミリオは何でだか、俺に対していつも気さくだ。一度助けた責任、みたいなものなのかもしれないな。 「しかし、金が返ってくるとは思わなかったな」  エミリオはそう笑った。 「俺をみくびるなよ。ちゃんとスポンサー・・投資してくれる人を見つけたんだ。イーラス侯爵家で、彼女はその御令嬢だ」  俺はアイリーンを紹介した。エミリオは少し驚いた様だったが、うやうやしくアイリーンに挨拶をした。エミリオは伯爵位と騎士の称号を有しているが、立場上は一地方を治める侯爵家の方が上なのである。 「侯爵家の御令嬢が弟子入りとは、君には色んな意味で驚かされるな。アイリーン様、こんな怪しげな変わり者に師事するなど、正気の沙汰とは思えませんね。考え直した方が宜しいのでは?」  そう冗談で俺をこき下ろすエミリオ。その笑顔がなんとも優雅で目を奪われる。その美貌の貴公子をアイリーンもシオンも惚けたように見つめていた。ちくしょう、いいよなイケメンは。  エミリオは今年22歳。この世界では適齢期らしいが、未だ独身で婚約者すらいない。社交会では当然のこと、エミリオが登場すると周りに女性の群ができる程の人気ぶり。そのエミリオからのプレゼントとあって、インフルエンサーである女性達は、競うようにミュートルアクセサリーを身につけてくれた。しかも、今まであまり目にしなかった新素材だ。こうして、一か月もすると、ミュートルは王都の女性達の注目の品となっていくのである。    俺達は商店街の空き店舗に目星をつけ、開店準備に勤しんだ。開店告知も店頭で看板をたてたり、瓦版屋に金を積んで記事にさせた。これは日本ではアウトなやり方だけどな。  アイリスでは商品の製造を着実に進めていた。ロゼッタや御令嬢達に渡した高級路線の商品以外に、一般の客にも手に入り易いよう、宝石を天然石やガラス玉に変更したり、宝石無しの安価なラインナップも展開した。  ショップ店員にはお洒落な店と印象づける為、エダ、アイリーン、シオンの他数名を、ビジュアル重視で選別している。服装も店頭用の服として洋服店で新調させ、女性店員にはミュートルアクセサリーを着用のこととしている。    こうして王都に戻ってから約1か月後、満を持して "ミュートルジュエリーショップ " は開店した。  開店前から店の前には列がなされていた。実はアイリスから連れてきた "サクラ" だ。その列が更に列を作り、開店初日は終日超満員であった。その様子はさぞかし王都の女性達の話題に登った事であろう。イメージ戦略は、どうやら成功を収めた様だ。
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