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業績がいいからって調子に乗ってはいけない
それから一か月あまり・・ミュートルジュエリーショップの売り上げはすこぶる好調だ。予想以上の売れ行きに、アイリーンは早々に増資を決めた。それを元手に、アイリスで生産に従事する人員も増員した。
しかしそれであぐらをかいてはいけないのが事業というもの。未来永劫、売れ続けるという事は有り得ない。トップ企業であればある程、次の一手を常に打ち続けているものだ。
「売れているからと言って、調子に乗るなよ。物珍しさで客がくるのは当たり前、そのままではすぐに飽きられてしまう。そうならない為には、常に新鮮で、魅力のある店でなくてはならん。新商品は勿論のこと、新たなサービスやキャンペーンを打ち出して、発信する事を怠ってはいけないぞ。それには何よりお客様の声をお聞きすることが大切だ。何が求められているのかを、常に考えながら接客にあたれよ」
俺は毎日の朝礼で従業員に口すっぱくそう言い含めていた。またアイリーン、シオン、エダとは週一で定例会を行っている。その際、アイリーンから良い意見が出た。
「オーダーメイドサービスを行っては如何でしょう」
良い意見だったので、俺はアイリーンとシオンに立ち上げからやらせてみる事にした。俺の仕事はあくまでコンサルティングだ。継続的に事業運営に携わるつもりはない。当然それ相応の報酬は貰うが、軌道に乗ったら投資主であるアイリーンを筆頭にイーラスの人々に経営権を渡すつもりだったので、彼らの育成は必須だった。アイリーンとシオンには経営を、エダは、なんというか姉御肌なので、店長的な立ち位置で店舗運営を任せることにした。
まず着手させたのは予算の作成。予想される売上やかかる経費を数値化してみる。そうするとおのずと、配置できる人員数も決まってくる。計画上で黒字の目処がつかないようなら実行はあり得ない。
「全然、ダメだな。輸送にかかる経費が丸々抜けてる。アイリスからここまで材料を届けるのに金がかからないとでも思っているのか。あと、この店舗内で行うのであれば、相当の家賃負担もしてもらうぞ。それ以前に、この売上予測、従業員1人に対して、1日4人近い計算になるぞ。つまり8時間働くと仮定して、1客2時間計算だ。2時間でデザインヒアリングから作成まで、本当に出来るのか?俺は無理だと思ってる。今からお前達、ロゼッタさんのところにでも行って来てみろ。どの程度の時間がかかるのか、確かめてみるんだな。2時間でそこまでやるには完全オーダーメイドではなく、いくつかのテンプレートを用意して選んで貰う、セミオーダーが良いとこじゃないか?
オーダー料をもう少し上げるか、オペレーションを工夫するか、再検討のうえ、再提出」
容赦なく2人の作った予算書を突き返すこと、4度。ようやくそれなりのものになってきたので俺は2人に指示した。
「本格的にオーダー部門を初める前に、オーダーキャンペーンと名打ち、無料で何人か客をとってみろ。1人にかかる時間や経費が相当か、検討のうえ料金を決定のこと」
俺のいつもの容赦ないダメ出しを予想していた2人は、その言葉に笑顔を輝かせた。
「はい!ありがとうございます!」
計画時から立ち上げた事業がヒットした時、その喜びはひとしおだ。彼らにもその達成感を味わわせてやりたい。
キャンペーンでのプレリリースを経て、彼らは再び頭を悩ませていた。貴族の御令嬢や裕福な商人の令嬢などから社交会用のオーダーアクセサリーを受注したりした時と、庶民のプレゼント需要とでは、従事する時間が圧倒的に異なるのだ。そもそも、社交会や結婚式などのお堅い需要と、気軽なプレゼント需要では求められているものが違い過ぎるし、前者に金額を合わせるとオーダー料が高額になり過ぎる。
そこで、フルオーダーとセミオーダーにプラン分けすることにした。全てオリジナルのフルオーダーに対し、セミオーダーはいくつかのデザインテンプレートを用意し、つける宝石などを自由に選べるようにする。完全に一からデザインするよりその方が気軽に注文できるし、時間がかからないので料金を下げる事ができる。
安価な価格で、世界に一つのアクセサリーが作れるという事で、セミオーダーは恋人や家族へのプレゼントとして人気を博した。
また、洋装店とのコラボも始めた。ドレスにあしらったりバックや靴にあしらったりするのだ。
このことから更に需要が増加し、これらのオーダー部門の業績はその後右肩上がりとなっていくのである。
これで自信をつけたアイリーンとシオンは、その後も積極的に意見をのべるようになった。経験は宝。俺はその姿を、微笑ましく見つめていた。今後の彼らの成長を楽しみに思う。
一方エダには、店舗のシフトの作成や内部ルールの作成など、現場管理を学ばせていた。
「いいか。現場責任者の1番やらなくてはいけない事、それは従業員がいかに働きやすい環境を作れるかだ。従業員を育てるには、コストがかかる。それがすぐに辞められてしまっては、かけたコストが無駄になるだろう。また、職場環境が良いと、不思議と接客態度のみならず、生産効率まで上がるものだ」
店舗や工場などの現場では、マニュアル化が必須だ。人はそれぞれ考え方が違うもの。1つの事象に対する対応も十人十色。良かれと思ってやった事を上司に怒られてやる気を無くしたという経験のある人も多いだろう。それをある程度一元化するのが、マニュアルの目的だ。
また、1日の作業予定をタイムスケジュール化する。忙しい時間帯とそうで無い時間帯を見極め、清掃や帳簿づけなどの管理作業や休憩を回す時間帯をあらかじめ決めておくとスムーズかつ、人件費に無駄が無い。一定時間のみ人員が足りない場合はピンポイントでパートタイマーを募集すると効率的だ。従業員のモチベーション向上の為、コミュニケーションも大切だ。つい怒ってしまいがちになるが、それだとモチベーションは下がる一方、褒める事こそ大事なのだ。
業務効率化と従業員のモチベーション維持。実は最も難しい仕事であると言える。かくいう俺も、厳しすぎて従業員がすぐ辞めてしまうので、苦手なんだけどな・・
エダは元々盗賊団のリーダーをしていたこともあり、面倒見の良い姉御肌、自分の意見をはっきり言える強さもあって適任と思われた。それに、日本の様にすぐ別の仕事が見つかる状況でも無し、そうそう皆も辞めたりしないだろうしな。
売上も好調な中、人材育成に望む俺の毎日は、とても充実していた訳で。やっぱり俺の人生は、ビジネス無しでは成り立たない様だ。
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