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街で惣菜や酒を買い込み、それから俺とエミリオは酒盛りを始めた。酒場に行こうかと思ったのだが、エミリオがやたらと目立つのでやめた。
「順調だな。店」
「ん?まぁな。予想以上だったな」
「君は、大した男だ。本当に、この世界に1人取り残されたあの状況から、エダ達イーラスの人々に職を与えてしまった。なかなか出来る芸当じゃない」
「まぁ・・お前の助けあっての事だけどな」
元々コイツがくれた金貨のお陰で活動できたし、ロゼッタにデザインをお願いできたのも、インフルエンサーの女性達に商品を配れたのも、全てコイツのお陰・・正直エミリオがいなければ、今の成功は無かっただろう。
俺のその言葉は本心だったが、エミリオは気に留めていない様だった。酒のグラスを手に視線をグラスにやったまま、男にしては美し過ぎる微笑を浮かべて言う。
「君は本当に勇者なのかもな・・」
俺は笑った。
「はは、そんな訳ないだろ。勇者ってのは強くてイケメンって相場が決まってる。お前の方がよほど勇者らしい」
その俺の言葉に、エミリオの神秘的な紫がかった瞳が真剣味を帯びた。
「僕は、恥ずかしい。君より余程、何かを変え得る力を持ちながら、今まで何もしてこなかった。でも君を見ていて、僕も決心がついた。僕はこれから僕なりに、この国を救う為に尽力しよう。
・・僕の全てをかけて・・」
「エミリオ・・?」
俺はその言葉に、不安を覚えた。こいつのいる世界は、このエストニアという国の中枢だ。この国の惨状から察するに、欲にまみれ、国民を置き去りに権力抗争に明け暮れる腐食渦巻く世界・・。今まで苦しい人生だったとはいえ、自分の考えだけに忠実に、自由に生きてきた俺には到底想像もつかないような悪意のはびこるその場所では、俺の様な人間の命など虫ケラの様な扱いだった。エミリオの、清廉潔白な人柄で生きていくには余程の苦痛なのではないのだろうか。一歩間違えれば簡単に命を奪われかねないあの場所で、エミリオは一体何に戦いを挑もうとしているのだろう。
「何をしようとしてる・・?」
俺の真剣な眼差しに気がついたのか、エミリオは俺に笑顔を見せた。
「心配するな。そんなに大層なことはしないさ」
俺達はその後も酒を酌み交わした。やがて俺がトイレに立つと、戻ってきたときエミリオはもう寝ていた。開始したのが遅かったので、もうすぐ夜明けという時間だしな。
俺は床につっぷして寝息をたてるエミリオの横に腰を下ろした。あーあ、酔っ払ってこんなとこで寝ちゃって・・いつものコイツの颯爽とした凛々しい姿からは、こんなダラけた一面、想像もつかないだろうな。
エミリオのあの言葉・・心配無用とはぐらかしてはいたが、本当だろうか?正義感の強いこいつの事だ、何か危険を冒そうとしているのでは・・
俺は不安を胸にエミリオを見つめた。何の警戒もなく無防備に寝息をたてるその姿を、あらためてまじまじと眺める。本当に、綺麗な顔してるな。女装させたら、そこらの女より美人に仕上がるんじゃないか?
エミリオの艶のある美しい銀髪が、重力に負けてサラリと下へ向けて頬をなぞる。俺は無意識的に、その髪に向かって手を伸ばしていた。指先が触れた瞬間、俺は我に返って慌てて手を引っ込める。
(何やってる、気持ち悪い!寝てる間に触ろうなんて、危ない奴か俺は!)
だいぶ酔っているのかも。そうして俺も寝ることにした。エミリオの近くの床に無造作に寝転がる。疲れていたのか、すぐに寝入ったようで、気がつくと外は既に明るくなっていた。
エミリオの姿は既に無かった。
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