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権俵米吉55歳。バツなし独身。
米吉は嫁が欲しかった。血を吐くほど欲しかった。血涙を流すほど欲しかった。鼻血が止まらなくなるほど欲しかった。
血だるまになりながら米吉は天に向かって叫ぶ。
「俺に嫁をくれええええええーーーーーーーーーーっ!!!」
米吉は母一人子一人。
女手一つで自分を育ててくれた母に未だ心配を掛けているのを情けなく悔しく思っていた。
嫁を貰って一家を為し、早く安心させてあげたい。
そう願い続けて早一万一千日だ。
何故女と縁がないのかと悩む。
容姿も収入も学歴も辛うじて並レベルのはずだ。歳だけがヤバくなってきた。
知り合った美女には取りあえず結婚を申し込んでみる。
お見合いの席では美女であれば初対面でもいきなり結婚を申し込んでみる。
出会い系に登録し、婚活パーティーには行きまくり、結婚相談所も婚活サイトもフル活用。美女であれば相手に条件など付けない。
ひたすらギラギラと結婚を申し込む。
なのに首を縦に振る美女がいない。
何故だ。
トップレベルの美女なら誰でもいいのに。
熱い血潮たぎらせ、血気盛んに血眼になって口説いても撃沈。
何故この誠実な思いが通じない。
もう無理。無理だ。
真摯な努力だけではどうにもならない事だってあるんだ。
ついに米吉は現実のままならなさを悟った。
もう後は神頼みするしかない!
米吉は連日連夜暇さえあれば縁結びの神社に通い詰め、嫁くれ嫁くれと呪詛のように願いの言葉を吐いた。
神様、お願いします。俺に、俺に嫁を。嫁をくれ。
嫁くれ。嫁くれ。嫁くれ。嫁くれ。嫁くれ。
いったいどれだけ通ったか。
ある日とうとう憔悴しきった神が米吉の前に姿を現した。
「いい加減うるさいよ!」
神は開口一番怒鳴った。
しかし、米吉はたじろがない。ようやく神様が出て来てくれたと喜び食らいつく。
「神様っ! 何で俺には嫁が来ないのですかっ?」
呆れた顔で神は答える。
「分からんのか? お前が高望みし過ぎるからじゃ」
「そんなバカな」
「バカなことがあるものか。美女美女美女と容姿ばかり追い求めおって」
「美女じゃなきゃ女じゃない」
「じゃ、さよなら。もう二度と来ないで」
「ああっ、待って、神様! そのまま消えたらここに永遠に通って祈願し続けてやる」
「やめて。もうホントやめて」
「では何とかして下さい」
「人にはそれぞれ心がある。わしが勝手にどこぞの美女をあてがってやるわけにはいかぬ」
「縁結びの神様なのにですか?」
「そうじゃ。縁結びの神だからこそ不幸な縁を結ばせるわけにはいかん」
「永遠に通って祈願し続けてやる」
「・・・そうだ! お主、自分で理想の嫁を作ってはどうか?」
「えっ? どういうことで?」
「こないだ神のパーティーがあっての。プレゼント交換で創造の神から貰った粘土がある」
「はぁ??」
「こねて形を成せばどんな生き物でも作れる万物創造の粘土、人一体分じゃ。わしには興味ない代物。邪魔だしお前にやろう」
「それで勝手に美女を作って嫁にしろと?」
「そうじゃ。不服か? 出来上がった美女は通常の人と何ら変わらぬ」
「しかし、俺には造形の才などありません」
「大丈夫。この粘土は頭の中で作りたいものをイメージしながらこねるだけで自然とその通りに形が整っていくのじゃよ」
「何と! お手軽!」
「じゃろう。容姿だけでなく性格など内面も思った通りになるぞ」
「性癖も? 夜の具合もですか?」
「・・・まぁ、そうじゃ。具体的な製法の説明書も付いておる」
「日本語で書いてありますか? 難しい漢字は?」
「変なとこに細かいな。平易な言葉で誰にでも分かるように記してあるわい」
「貰います! 持ってきて下さい!」
「分かった。貰ったらもう二度と来るんじゃないぞ?」
創造神の粘土を得た米吉は説明書を熟読する。
曰く。
粘土をこねながら、説明書に書かれている長い長い長い呪文を暗唱すること。一言一句間違えてはいけない。
頭の中では作りたい人間の完成形を強く強く強く念じ続けなければならない。
容姿、年齢、性格、話し方、特技、その他詳細にイメージすればするほど思った通りに仕上がる。呪文を唱え終わった時にその者は生を得るであろう。
誕生する人間は戸籍こそ持たないが決して動く人形などではなく、感情も思考も命も持つ一個の人である。
そして一度完成したら粘土の再利用は出来ない。
必要なのは完璧なイメージ力。そして呪文の暗記力。
ただの人間には意外と難易度が高そうだ。
しかし、米吉には自信があった。
美しい嫁が欲しいという欲求の強さは誰にも負けない。長年培ってきたその思いをぶつけるだけ。人外レベルの集中力を発揮して理想通りの嫁を作ってやる。
さて、熟考に熟考を重ねた米吉は、どんな美女を作るか遂に決めた。
容姿は憧れの人気女優、天輝可憐をなぞることとした。具体的なモデルがいた方が正確なイメージを構築しやすいと思ったからだ。
絶世の美女であり、犯罪的肉体を持つ妖艶な可憐の姿こそ自分の嫁に相応しい。
ただし可憐よりも胸は更に大きく。そして内面は自分に都合よく調整する。
性格は従順で明るく、そして淫ら。料理上手で包容力があり、働き者。年齢は二十歳。子供は2人。いや、これは取り敢えず関係ない。
プランが整い、米吉は動き出す。
まず途中で邪魔が入ることのない場所を米吉は確保した。
自宅では万が一の訪問者に集中を妨げられるリスクがある。呼び鈴一つが致命傷になりかねないのだ。米吉はあくまでも慎重である。
呪文は時間をかけて覚え、リハーサルを繰り返す。
何しろ一度きりのチャンス。失敗したら失敗したままの人間が出来てそれで終わりなのだから。
数日後。時は来たれり。
深呼吸を数回して、米吉は遂に本番の作業に取り掛かった。
異物が混入しないよう清浄な空間に広げたシートの上で粘土をこね始める。
そして、間違いのないようゆっくりと詠唱する呪文。
頭の中では理想の嫁の姿を強く細かく明確にイメージし続ける。
なるほど、粘土の塊は徐々に人の輪郭を形作っていった。
どれくらい時間が経ったろう。
完成は間近であった。米吉は完璧に事を進めている。
見よ。色っぽいボディはほぼ出来上がり、白い肌には血が通い始めたようだ。
艶のある豊かな黒髪はもう粘土感が全くない。
思えば何という僥倖だったろう。
米吉は自分の幸運を噛み締め始めた。
もう生涯独身なのだろうと諦めかけていたこの俺が理想の嫁を得られるなんて。
やっとのこと、俺の行く末をずっと案じている母を安心させられる。
これが俺の嫁だと超美人を連れて行ったらどんなにびっくりするだろうか。
詐欺に遭ってるのではないかとかえって心配するかもしれない。笑
孫の顔が見たいとよく言ってたな。たっぷり見せてやるぜ。
その瞬間が訪れる。
呪文を唱え終わったのだ。
同時に粘土からどうっと濃い蒸気が立ち昇り、たちまち辺りが見えなくなった。
成功したのだろうか。したはずだ。
やがて煙が薄く広がり晴れてくる。
中に立つ人影。
米吉は目を見張った。
完全無欠なプロポーションを誇る女。
豊かな黒髪をなびかせた裸の彼女。
老いた母の顔を持つその女は、心配そうに米吉を見詰めていた。
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