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平安の盗賊貴族 藤原保輔が現代に転生した。彼を家に招いたものの,とんでもない狼藉を働かれ,アパートから追い出した俺は夜道を駆けている。
放っておけばいい――でも,あの野郎――
見慣れたストライプのパジャマを着た後ろ姿を認める。もう一発殴ってやる。いや,もう二発だ!
彼の前に黒塗りの大型車が停止する。後部座席のドアがあき,ひらりと,しかし窮屈そうに彼が乗りこんだ。あっという間に車が走り去る。自分の吐く息が視界に立ちこめていく――きらりと何か輝いた。輝きが爆発的な光を放ち,白い蒸気の間隙に黄金の微粒子を散らせる。何度も瞬きをするうちに微粒子は凝結しながら巨大な犬と化した。
昨日友を襲撃した野犬の首領だ。多分保輔に仕える式神か何かだ。鼻を潰されたことを根葉にもち仕返しにきたのか。はたまた保輔の指示なのか。
身構えた矢先に金色犬は細い声を漏らし,背を向け,腹を地面につけた。乗れと言っている。
背中によじ登るなり金色犬が走り出す。振り落とされないように長い毛足をつかんだ。
息つく間もなく郊外へと達し,国道を逸れ,修験者の使う十里坂とかいう獣道に入る。以前通ったときには実際十里ほどの距離があった。しかし5分と経たないうちに峠の雑木林についた。ヨリマシノモリと呼ばれる宗教区域だ。
聞こえる――誰か絶叫している。女の常軌を逸した声だ。「神様,お願い! お願い! お願い!」
単衣を身にまとう人々が夜空を焦がす松明を取り囲んでいた。松明のもとにはお河童頭の娘が両膝をつき,のびあがったり屈んだりしながら両手をすりあわし声を嗄らしていた。
松明と娘の間に青白い影が浮かびあがり,細く長く伸びつつ松明を巻きこみながら上へ上へとのぼっていき,遥か天空で龍を描出させた。龍はかっと口をひらき,炎の切っ先にかぶりつくと,燃えさかる炎をすっかり呑み尽くしてしまった。世界の色が一転して地面に倒れこむ娘を月光が照らした。
群衆がどよめいた。松明の火の消えたことに驚嘆しているのだ。彼らに龍は見えない。
白髪を靡かせる老人が髭まみれの頰を激しく動かした。「神の依り坐しをこいねがい,依代となりおおせた者が後継者となる! 神は偉大なり。神を宿すは万物を剋するものなり。ついては火を御したアキコに後継者の資質あり!」
龍が筋状の煙と変わり,漂いながら地上におりてパジャマ姿の男の翳す掌に吸いこまれた。
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