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 狩衣の袖をばたばたと動かしながら、不審者は自らのことを男に見せつける。対して、男は怪しさの塊から目を背けようと体を動かそうとした。しかし、強打した背中が男に動作を許さない。 「わたしは気まぐれな神様です。日々を頑張っている貴方に褒美を与えましょう。何がお望みか。なんでも叶えてしんぜよう」  不審者――神は男に手を差し伸べる。 「神……? 本当に?」 「もちろんさ。いつもいつも、貴方が祈りを捧げる神様だ。この間もうちの祠に手を合わせてくれたよね」 「にわかには信じがたい。神のような存在が斯様にふざけた者なわけがなかろう。神や仏は厳かであり、清らかであり、我々を見守り……」 「そう! だから見守ってる! こうして貴方の頑張りをほめたたえに来たんだぞ!」 「否。否。これはもののけの類による幻覚に違いない。私はおかしな夢を見ているのだ」  よろよろと男は立ち上がり、拾い上げた烏帽子を頭に載せた。神は笑顔のまま男に向かって手を伸ばしている。  男は以前、どこぞの上流貴族の貴公子が神仏に異常なほど熱心であるという噂を耳にしたことがあった。その貴公子ほどではないが、男もこの時代の貴族として十分なほど神仏を信仰していた。もしも目の前に神仏が顕現でもしようものなら、きっと自分も件の貴公子が日々やっているように踊り狂って喜んでしまうだろうと思っていた。しかし。  男の前に現れたのは、男とも女とも分からない見た目をした妙に調子のいい不審者だった。説話で目にした高貴な存在とは随分と程遠い。月明かりの元で青白く透き通るような肌からは人ならざる気配を感じるものの、それはただ単に血色が悪いだけなのかもしれない。 「疑ってるの? 嫌だなあ。いつも貴方が拝んでくれてるちっぽけな祠の神様なんですけどねえ」 「早く目が覚めないものか」 「夢じゃないってば! 本当だよ! 証拠か。証拠が欲しいのかい。そうだなあ、そうだなあ」  痛む背中をさすりながら、男はえいやっと牛車に乗り込む。牛も、牛飼童もいない。動かない牛車の中で男は静かに目を閉じた。  このまま眠れば、目が覚めた時には屋敷で朝を迎えているのではないか。家の者達からは「昨日は普通に帰って来たよ」と言われるのではないか。これは悪い夢なのだ。自分に言い聞かせるように念じるが、男の瞼はすぐに開かれてしまった。神がうるさいのである。
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