3/4
前へ
/7ページ
次へ
「ええい、眠れぬ。もう少し静かにはできないのか」 「どれかなー。これかなー。あれかなー」 「なぜだ。なぜ私は斯様な不可思議な夢に苦しめられているのだ」 「一言で簡単に言うなら貴方は働きすぎなんだよね。頑張るのはいいことだ。自分の出世も、家の成長も大事だ。それは分かる。けれどそんなに頑張りすぎたらいつか潰れてしまうよ。毎日毎日こんな悪夢をみることになるぞ。……わたしのことを悪夢とかいうのはめちゃくちゃ不敬だけどな!」  そう言って、神はどこからともなく檜扇を取り出した。扇には草花が描かれている。 「これは貴方の物だろう。祠の傍に落ちていたよ」 「確かにこれは先日紛失した私の扇である」 「ほら! どうだー、これで信じてくれるだろうか。わたしはあの祠を任されている神様です。あんなちっぽけな祠しか、わたしにはないのです」  神は男に扇を握らせると、牛車から数歩離れた。白い狩衣が夜の闇に映えている。白と闇とが混ざり合って、神と夜との間にはぼんやりと光が漂っているようにも見えた。  草原を夜風が走り抜けていく。牛車の御簾も、男の狩衣も、神の狩衣も、草と一緒に風に撫でられた。強い風に男は思わず顔を覆う。視界を塞ぐ直前、神が穏やかに微笑んだ。 「わたしの祠に気が付かずに通り過ぎていく者も多い。貴方は足を止めてくれる人の子のうちの一人だ。わたしの大事な者なのだ、貴方は。いつもありがとうという貴方の声がわたしは嬉しい。こちらこそ、ありがとう」  風が止み、男は顔を覆っていた手を下ろす。すると、神が先程よりも遠くに立っているのが見えた。風の吹いている間に感じた厳かな雰囲気は眼前の神のような者から放たれたものなのだろうか。 「やあ! 願い事は決まったかな!」 「やはり別人か。先程の風を連れて飛んで行ったのが真の神なのやもしれぬ……」 「さっき格好いいこと言ったのもわたしだぞ!」  こうして話をすることのできる時間は限られている、と神は言う。なので、望みがあるならば早く言え、と。  男は牛車の壁に凭れる。おかしな者に出会ったばっかりに今後の予定は総崩れである。どっと疲れたようだった。 「たまには休むんだよ」 「真に、神ならば。いつか願いが見付かった時に叶えてはくれぬだろうか。今宵は酷く疲れてしまった。また、また、計画の練り直し、計算のし直しが必要だ……」 「潰れるなよ、人の子。祈ってくれる者が減ってしまっては困るのだから」
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加