黒猫

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 「黒炎(くろめほむら)、何を笑っているのよ。猫なんかに後れをとるなんて、平和ボケしているんじゃない?」  黒炎とは、私の(あざな)です。  いつもなら、いくら正式な名前で呼んで欲しいとお願いしても、「ブラック・フラーミィって黒炎(くろめほむら)のラテン語読みなのよ、カッコイイじゃない」と聞く耳をもたないくせに、小言をいうときだけは、あえて正式な(あざな)である黒炎(くろめほむら)と、呼ぶ……。  嫌味でしょうか? それとも、これが有名な照れ隠しというものでしょうか? 『申し訳ありません、アイラ』  私は胸に手をあてて腰を折り、慇懃(いんぎん)に謝っておきました。もちろん反省をした訳ではありません。私たち影は、そもそも反省などという無駄な感情を持っていないのです。ですから私はただ、珍しい顔を見られたお礼のかわりに、謝罪の言葉を口にしただけです。  そんなことよりも気にかかるのは、先ほど見た黒猫です。なにか違和感を感じたのですが……。さて、なにがおかしかったのでしょう?  黒猫の消えた方角に目をやり、考え込んでいると、大粒の雨粒が地面にポツッと落ち、石畳に黒い染みを付けました。気が付けば、先ほど雨が落ちてくる時間を予測してから、丁度、四分が経過していました。  ポツッ、ポツッ、ポツポツポツ……。  まばらだった雨粒は、あっという間に線になり、次第に雨脚が強まってきました。これは鬼雨(きう)になりそうです。  昨今では、鬼雨のことをゲリラ豪雨というそうですが、和名の方がよほどしっくりきますし……、何より雨も、雨が引き起こす現象すらも美しく見えてくるのは不思議です。  そう、例えば足がドロドロになる、とかそんなことですら。……まあ、それがわずかな効果であるにせよ。
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