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「いや……、なんだろう……。おなじみの感じ、というか。当たり前な出来事のような」 「そう! 一来、そうですよ!」私は嬉しさのあまり、一来の両手を握りしめました。「一来は何かと言うと、アイラの髪で頬を打たれていましたよ」 「えーっと、そう、なんだね」と一来が頬を引きつらせました。あまり嬉しくはない指摘だったようです。 「フラーミィ、私がものすごく暴力的みたいに言うの、やめてくれる?」  主人は両手を腰に当てて、仁王立ちになりました。元気が出てきたようで、なによりです。 「すみません、アイラ。嬉しくなって、つい本当の事を申し上げてしまいました。稜佳も一来も、知識としては忘れていても、体に刻まれた記憶は残っているようですね」 「ふーん。身体に刻まれた記憶……ねえ。そうだ! 一来。あなたは忘れていると思うけど、いつも私に駅の近くの商店街で売っている幻のコロッケをご馳走してくれたのよ」  嘘です。アイラは一来の記憶が飛んでいることにつけこんで、嘘をついているのです。人がいい一来は、気の毒な事に、首をひねって思い出そうと努力しています。
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